ロシア発のニュースは多くはプロパガンダで、受ける側もその事を知っているから、そのまま鵜呑みにすることは少ない。プーチン大統領がウクライナに軍侵攻させて以来、戦争の成果を含みプロパガンダ情報で溢れている。そのような中、ロシアの無人月探査機「ルナ25」がモスクワ時間11日午前2時(現地時間)、極東アムール州ボストーチヌイ宇宙基地から打ち上げられ、成功したというニュースが流れてきた。久しぶりにプロパガンダ情報ではなく、リアルなニュースだ。
「ルナ25」の発射は計画では2012年の予定だったが、技術的な理由で遅れてきた。いずれも宇宙王国時代を築いた時代の「ルナ」という名称の月探査機の打ち上げ成功は「ソ連の栄光」時代を思い出す契機となる事は間違いない。
1961年、人類初の宇宙飛行士となったユーリイ・ガガーリン大佐がボストーク1号から眺めて「地球は青かった」と述べたことが伝わると、地球に住む私たちに言い知れない感動を与えたことを思い出す。美しい地球に私たちは住んでいるのだ、という感謝の心すら湧いてきた。ただし、ガガーリン大佐は後日、「私は周りを見渡したが神はいなかった」と述べたという。無神論国家のソ連共産党政権の宇宙開発は当時から政治的プロパガンダが重視されたわけだ(「なぜ人は天を仰ぐのか」2015年10月10日参考)。
ロシア側の説明によると、「ルナ25」は4日半の飛行後、月の南極付近に着陸し、月の地下資源を調査する。インドが7月に打ち上げた無人月探査機「チャンドラヤーン3号」が今月23日ごろに南極付近への着陸する予定だが、タス通信によると、ロシア国営宇宙企業ロスコスモスのボリソフ社長は11日、「ルナ25」がインドより早い今月21日に着陸する見通しだと述べている(モスクワ時事)。
宇宙開発は常に競争が伴う。冷戦時代は米国との競争、今日は米国だけではなく、中国、インドなど新興国がレースに参加しているだけに、競争もハードだ。なお、ロシアは2040年までに月面で中国側と連携して宇宙基地を建設するという。
オーストリア国営放送(ORF)はロシアの宇宙へのカムバックを大きく報道し、ロシア問題専門家のインスブルク大学のゲルハルト・ゴッドマン教授と欧州宇宙機関(ESA)のロシア事務所の責任者レーネ・ピシュル氏にインタビューしていた。
ゴッドマン教授は、「月探査機『ルナ25』という名称は恣意的にソ連時代の輝かしい宇宙開発史を想起させている。1957年に人工衛星を打ち上げ、59年に宇宙飛行、そして61年に有人宇宙飛行を成功させた。米国との競争で輝かしい勝利を収めた。ウクライナ戦争でロシアは国際社会の制裁下にあるが、ロシアは宇宙開発を継続できる能力を依然有していることを世界にデモンストレーションしたわけだ」と分析し、「ロシア国民は自国の技術力を誇り、科学者を誇ることで、制裁下でもロシアは大丈夫だという印象を受けるだろう。ロシアの国営メディアもルナ25の打ち上げ成功を大きく報道している」という。ちなみに、ロシアの月探査はソ連時代の無人探査機「ルナ24」(1976年)以来、約半世紀ぶり。
ピシュル氏は、「ウクライナ戦争でESAはロシアとの共同計画をストップしたが、技術的な連携は続いている。宇宙飛行士トレーニングは継続している。ロシアの宇宙開発計画で最大の困難は国内で製造していない電気部分の機材が手に入らないことだが、ロシア側は様々なルートを駆使しそのハードルを克服するだろう」と述べている。
プーチン大大統領は「ルナ25」の打ち上げ成功を聞き、「継続的な宇宙開発の成果だ」と強調している。プーチン氏にとって久しぶりの朗報だろう。プーチン氏は自身のナラティブ(物語)に酔うのを止め、広大な宇宙の神秘に心を寄せよ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。