ウクライナで兵士不足が深刻か

公職者の腐敗・汚職事件は時の政権を揺り動かすことが少なくない。ましてや、国際社会から経済・財政支援を受けている国の関係者が汚職していたことが発覚した場合、援助国からの支援が途絶えることにもなりかねない。ウクライナのゼレンスキー大統領は今、国内の高官の汚職腐敗問題の対応に直面している。

キーウで開催されたウクライナ青少年フォーラム「団結の復興!」に参加したゼレンスキー大統領(2023年8月11日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

ゼレンスキー大統領は今月に入り、軍の徴兵に関する地域オフィスの全責任者を解任した。同大統領によると、検察当局、反汚職機関、そしてSBU(ウクライナ国家保安庁)の調査の結果、112件の刑事捜査が開始されたという。違反は、ドネツク、ポルタワ、ヴィンニツャ、オデッサ、キーウなどの地域で明らかになったというのだ。

同大統領は迅速に対応しなければ、国際社会のウクライナ支援が途絶えるかもしれない。そうなれば、ロシアとの戦争で成果を上げることは難しくなることを誰よりも知っているからだ。同大統領はオンラインサービスのTelegramで、「戦争の現実をよく知り、戦時中の汚職・腐敗が国への重大な裏切り行為であることを理解している人々によって指導されるべきだ」と語っている。

ロシア軍との戦闘も既に1年半続いている。ウクライナ軍側でも多くの兵士が戦死した。新たな兵士の確保が不可欠だ。そのため、ウクライナ軍では兵士募集が行われているが、様々な理由で兵役逃れが行われているのはロシアだけではない。ロシア軍の侵略を受けたウクライナの国民にはロシア人より祖国防衛という愛国心が強いことは事実だ。家族を国内外に疎開させた後、単身で軍に入り戦っている多くのウクライナ人男性がいる。その一方、兵役免除を願う国民もいる。それを助けているのが兵士を募集している地域事務所だ。その関係者の中に汚職・腐敗が出てきているというのだ。大統領府は「国家の安全保障の基盤を崩す行為だ」と最高レベルの批判を表明した。

例えば、ロシアのプーチン大統領が昨年9月、部分的動員令を発令した時、ロシア国内で大きな動揺があった。兵役年齢に該当する国民は召集令状を受ける前に国外に脱出したケースも少なくない。ビザ(査証)が要らないトルコのイスタンブールでは、逃亡してきたロシア人のコミュニティが出来るほどだ。政府高官の息子が兵役を免除された、といった情報も流れたことがある。

ウクライナ捜査当局は先月23日、既に解任されていたオデーサ地区の人材紹介会社責任者を汚職容疑で逮捕した。この男は賄賂と引き換えに男性の兵役を免除することで不法に富を得ていたと言われている。この軍関係者は戦時中にスペインで数百万ドル相当の不動産を購入したという。有罪判決を受けた場合、最長で懲役10年の刑が科せられる可能性がある。

戦闘が長期化すれば、兵士の確保が大きな課題だが。ウクライナでは最近、兵士を希望する女性が増えてきたという。英国でウクライナの女性兵士たちの訓練が行われているのだ。

ところで、独週刊誌シュピーゲル(7月29日号)は、戦争で心的外傷後ストレス障害(PTSD)を受けたウクライナ兵士のリハビリセンター(リソヴァ・ポリアナ)の実情を報告していた。驚くべきことに、同センターでは2週間から3週間で患者の兵士のPTSDを治し、即戦場に戻れるようにするという課題で治療が行われているというのだ。

考えてほしい。3週間余りで戦場で傷ついた精神的ショック、トラウマを治療できるだろうか。ベトナム戦争やイラク、アフガニスタン戦争から帰国した米軍兵士にはPTSDを抱えている兵士が少なくない。日常生活にカムバックできるまでには数年の期間がかかるケースが多い。それをウクライナでは3週間で治療し、戦場に復帰させていくというのだ。治療に当たる医師たちもその課題が難しいことを知っている。医師たちは「ここではあくまでもファーストエイド(応急処置)だ」という。

いずれにしても、ウクライナ軍は武器だけではない、兵士の不足にも直面してきている。そのような中で、ゼレンスキー大統領が兵役募集事務所の全責任者を解任したということは、深刻な事情があるからだ、と考えられる。欧州連合(EU)の加盟候補国となったウクライナにとって、加盟を実現するためには汚職・腐敗対策は避けれ通れない課題だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。