あったものが無くなることは寂しいことだ。それだけではない。無ければ仕事ができなくなる場合が出てくる。当方のノート版PCのキーボードの「T」が使えなくなったのだ。文字キーの劣化だ。当方は現在のコンピューターを10年余り使用しているから、キーボードの文字の一つ、二つが使用できなくなることは十分あり得ることだ。
ところで、当方は15年余り、ほぼ毎日、少なくとも1本はコラムを書いてきた。総数は約6000本ぐらいだ。いつも同じPCでコラムを書き続け、キーボードを叩き続けてきた。そのキーボードで「T」の文字が叩いても出てこなくなったのだ。最初はウイルスでも入ってきたかと考えた。幸い、他の文字は普通通りだったので、「T」の時だけ他のコラムの箇所から文字をコピーしてカバーしてきた。
しかし、毎回使用できなくなった「T」代わりの文字コピーでは追いつかなくなってきたのだ。今回のコラムの見出しの中に、何度「T」が必要か計算してほしい。たった一行の文章に4回の「T」が必要となる。30行のコラム全体で何回の「T」が必要か考えみてほしい。代わりの文字を探したり、他の箇所からコピーする仕事は少々原始的であり、やはり疲れてくるものだ。
1本のコラムを1時間でほぼ書き終えてきたが、「T」が消えてしまった後、コラムを書き終えるのに2時間以上かかるようになった。時間と共に、神経がイライラし、同時に、持病の高血圧が上がってくる。「T」がキーボードから消えて以来、コラム書きが健康を害する仕事となってきたのを感じ出した。抜本的な対策が急務となってきたのだ。
それでも「T」が消えた後も苦戦しながらコラム書きに精を出していたら、なんと「T」の上方の数字「5」も出なくなったのだ。時たま、思い出したように出てくるが、その回数は次第に増え、とうとう数字「5」は「T」と共にうんともすんとも反応しなくなったのだ。
「5」の不在は深刻なハードルをもたらした。PCのスイッチを入れると、パスワードが要求される。普通の場合、全く問題がないが、キーボードから「T」と共に消えてしまった「5」はパスワードのメンバーだったのだ。「5」を叩かない限り、PCは起動しない。もはやアウトだ。幸い、キーボードには普段は使用しない別の「5」があるのに気が付いたので、それをタイプしたところ、PCはしばらく新しい「5」に戸惑い、直ぐには起動しなかった。しかし、書き手の必死の願いを感じたのか、PCは新しい「5」を受け入れてPCを起動させてくれたのだ。
「T」と「5」が消えた後も、汗をかきながらコラムを書く姿を哀れに感じたのか、訪ねてきた息子が「アマゾンで新しいキーボードを注文すればいいよ」と言ってくれたのだ。当方はPCに新しいキーボードが利用できるとは思っていなかったので、「デスクトップと違うから、ノートパソコンの場合、新しいキーボードが接続できないのではないか」というと、息子は笑いながら、「大丈夫だよ。ワイヤレスのキーボードを注文したから、明日には届くよ」というのだ。若い世代はIT関連の危機管理は素早い。
今、アマゾンから届いた中国製のキーボード(ArTeck)を使いながらコラムを書いている。使い方はシンプルだ。PCのUSBポートにワイヤレスのソケットを差し込むだけでキーボードは接続できる。
新しいキーボードで「T」を押して、画面に「T」が写った時、感動した。「放蕩息子の話」ではないが、戻ってきた「T」と「5」にウエルカムするとともに、新しいキーボードを迅速に送ってきたアマゾンと息子に感謝した次第だ。
当方は3日間、文字「T」と数字「5」のない苦しい生活を体験した。この3日間、日本語の文章には「T」がなんと多く使われているのかを学んだ。「T」の復活を願った3日間の戦いは決して無駄ではなかったと受け取っている。
東京の知人は「自分の場合、KやFの文字キーが劣化したことがあるが、Tが劣化するとは珍しい」という。意識していなかったが、当方のコラムには「T」が通常より多く登場しているのかもしれない。今後は「T」をタイプする場合、優しく打たなければならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。