企業に対する帰属意識の醸成が人事処遇制度としての意味をもつのは、いうまでもなく、それが就労意識に影響を与えることで、働く人の勤勉と精励、前向きな勤務態度、自主的な貢献等を引き出し、生産性の向上につながって、企業の利益になると想定されているからである。
ところが、こうした働く人の意識への影響は、給与や賞与からは生まれない。なぜなら、給与や賞与は、貢献に対する正当な対価とみなされる限り、その水準にかかわらず、少しも特別なものとしては受容され得ないからである。それに対して、福利厚生制度の場合には、貢献に直接には連動させないことで、逆に特別の意味を付与させることができるわけだ。
働き方改革が徹底していき、様々な働きが生み出す付加価値について、その適正価格として給与や賞与が決められるようになれば、人は会社を選ぶのではなく、仕事を選ぶようになるし、実は、そうした働く人の行動様式の変化こそが働き方改革の目的なのである。なぜなら、働き方改革は、それが政策である限り、個々の企業の生産性向上が目的ではなく、日本社会全体としての人材の適正配置を実現して、日本産業全体としての生産性を向上させることが目的だからである。
ならば、当然に、人の流動性は高くなる。そのとき、敢えて給与や賞与により人を引き留めようとすることは、その人が生み出す付加価値以上に支払うことを意味するから、不合理になる。つまり、給与や賞与は、それが貢献に対して適正に支払われる限り、人を引き留める力がないのである。
それに対して、福利厚生制度の代表的なものである企業年金のうち、確定給付企業年金は、勤続年数が長いほど支給条件を働く人に有利になるように設計することで、人材の引き留め効果を生むことができる。実は、日本企業には退職金制度が古くからあり、そこでは長期勤続を奨励するように給付設計されていたのであって、確定給付企業年金の多くは、その退職金制度からの移行によって作られた経緯があるのである。
高齢化社会において、長く働ける環境が提供され、しかも、その結果として公的年金を補完する企業年金の給付を受けられ、老後生活を豊かにできること、このことは働く人にとっての大きな魅力でなくてはならないから、企業にとって、企業年金は、人を引き付け、人を引き留めるための有効な福利厚生制度として見直されるべきなのである。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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