8月3日号のNew England Journal of Medicine誌に「AI and Medical Education-A 21st-Century Pandra’s Box」というタイトルの論文が掲載されていた。
AIの医療への導入がパンドラの箱を開けることになるのか? と思ったので、改めてパンドラの箱を開くことがどのような意味なのかを調べてみた。論文では「パンドラの箱はすでに開けられているので、われわれがきっちりと対応しなければ、技術を開発する企業に支配される」と締めくくられていた。
パンドラの箱とはギリシア神話に由来するもので、箱を開けると災いが拡散するという意味で理解していたが、その解釈だと論文の最後のパラグラフに合致しないので、改めて調べてみたのだ。
しかし、ネットで調べてもよくわからず、「パンドラの箱を開けた時にあらゆる災いが広がったが、慌てて閉めた後に希望が残っていた」ということを学んだ。これを否定するものも散見されるが? いずれにしても、試練のあとに幸せがやって来るのだろうか?
AIの活用が進むと、医学教育・医療現場に大きな変化が起きることは確実だ。この論文では企業によるAI開発を野放しにすると災いが広がるので、早い段階で医療関係者が医学教育・医療現場での場でのAIの活用を主導すべきだという趣旨のようだが、これまで引用されてきた「パンドラの箱を開く」という言葉のイメージとはぴったり来なかった。英語のウイキペディアでも読んでみたが、心の中のモヤモヤは消えない。
急速に進むと考えられるのは、医師や看護師業務のAIやデジタルへのタスクシフトだ。だが、日本の歩みは遅い。最近、白内障が悪化して眼科を受診したが、種々のプロセスでAIの重要性を実感した。眼科の検査はほとんど工学系の検査だ。目の奥行きや角膜の厚さを図ったり、視力を矯正するための人工レンズを計算したりと、正に工学的計算の世界だ。
しかし、手術の説明や術前・術後対応の説明など、依然としてアナログで人間がやっている。日々繰り返される患者や家族への同じ説明。当然ながら、医師は膨大な時間を費やさねばならないが、それでもワンパターンだと理解できる人・理解が追いつかない人など、リテラシーの多様性に対応するのは難しい。
私は、人工知能が相手の理解度を判断しつつ、わかりやすい説明にしていく診療現場が意外に早くやってくると思う。人工知能は医師国家試験に合格できる能力をすでに持っているので、さらに進化すれば、医師の記憶力や判断力に委ねる医療ではなくなると考えている。
かといって、人間が医療に重要なことは言を俟たない。この時代に、医師に求められる教育を考え直すことが急務だ。患者さんから症状を聞き取り、正確に症状を把握する能力は欠かせない。
あと何十年もすると、スタートレックのように体の外からスキャンするとすべてがわかる時代になる可能性は否定できないが、当分の間は、症状をちゃんと聞き取る、観察する、検査結果を読み取る能力が正しい診断につなげるために不可欠である。
そして、医療現場で最も重要なことが、相手を思いやる心だ。人間力を磨く、そんな医学教育が不可欠だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年8月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。