サウジ国境警備隊の「大量難民殺害」

サウジアラビア国境警備隊が2022年3月から2023年6月の間にイエメンーサウジアラビア国境を越えようとしたエチオピア人の移民と亡命希望者を少なくとも数百人殺害したという。国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)」が21日報告書で明らかにした。

安息の地を探す難民たち(国連難民高等弁務官=UNHCR日本事務所の公式サイトから)

ヒューマン・ライツ・ウオッチの報告書は73頁からなり、“‘They Fired on Us Like Rain’「彼らは雨のように我々に発砲した。イエメンーサウジアラビア国境でのエチオピア人移民への大量殺人事件」と題されている。

報告書によれば、「サウジ国境警備隊は重火器を使用して多くの移民を殺害し、また移民たちを近距離から射殺している。この攻撃は広範かつ組織的に実行されている。多くの女性や子供を含む移民が狙われている。サウジ国境警備隊は、イエメンへ逃げようとする移民に向けても発砲した」というのだ。

ヒューマン・ライツ・ウオッチの難民・移民の権利問題のエキスパート、ナディア・ハードマン氏は、「サウジ政府は、世界の注目を浴びることなく、この遠隔地域で数百人の移民や亡命希望者を殺害している」と指摘し、サウジの「人道上の犯罪」と強調している。

同報告書の内容に対し、グテーレス国連事務総長のスポークスマン、ステファン・デュジャリック氏は、「報告の内容は非常に憂慮すべきものだ。銃口を向けて移民を止めることは受け入れられない」とサウジ側の対応に強い憤りを表明、「世界はこれまでに移民や保護を求める人々に対する暴力事件を多く目撃してきた。彼らは尊厳をもって扱われるべきであり、国際的な規定に基づく権利が尊重されるべきだ」と強調した。

例えば、ギリシャで22日、山火事で逃げ遅れた18人の不法難民らしき遺体が見つかっている。彼らはトルコからギリシャへ入国し、欧州に移民する途上だったものと見られている。北アフリカから多数の移民・難民がイタリアに向かう途中、地中海で溺死している。

世界各地で良き生活を夢見て多くの難民・移民希望者が“カナンの地”を目指しているが、国境警備隊が彼らを追い払うために殺害したという例はこれまで報告されたことがない。それだけに、サウジ国境警備隊の蛮行に対し、国際的批判の声が上がっている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、昨年3月から2023年6月までの期間に国境を越えようとしたエチオピアの移民38人に加え、国境を越えようとした人々の友人や親族4人にインタビューを行い、今回の報告書をまとめている。証言者たちは、傷ついたり死亡したりした人々が山岳地帯に散乱している恐ろしい光景を目撃したと語っている。

約75万人のエチオピア人がサウジアラビアに住んで働いている。多くの人々は経済的な理由で移住しているが、一部はエチオピアでの深刻な人権侵害、特に北部での過酷な武力紛争から逃れるために移住している。

移民と亡命希望者は、アデン湾を横断し、その後イエメンの密輸業者が彼らをフーシ武装勢力が支配するサアダ県に連れて行く。サアダ県はサウジ国境に位置している。フーシ軍は密輸業者と共に働き、彼らから金をむしり取るか、「出国料」を支払うまで「収容施設」で虐待を繰り返している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、国境警備隊だけでなく、国境地域には装甲車両なども目撃されたという。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、サウジ政府に対して国境警備隊の対応を調査し、責任者を追求すべきだと要求する一方、国連に独立した調査を求めている。

ところで、サウジの実質的指導者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子は2018年10月、自身の改革路線を批判する反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)をイスタンブールのサウジアラビア総領事館内でリヤドから派遣した特別キラー部隊によって殺害させ、遺体をバラバラにして、化学液で溶かし、残りを下水に流して処分させるという野蛮な殺人事件を犯し、国際的な評価を落としたことがある。

しかし、同皇太子はここにきて国のイメージをアップするためにスポーツの国際イベントを開催する一方、今月初めにウクライナ戦争の和平協議の国際会議を40カ国以上の参加国を招き開催するなど、腐心してきた。そのような時期だけに、ヒューマン・ライツ・ウオッチの報告書にサウジ側は神経をとがらせている。

なお、オーストリア国営放送(ORF)の中東特派員、カリム・エル・ゴハリ氏は21日、「サウジは国際人権団体のエチオピア難民大量殺害に関する報道を検閲し、拡散しないように抑えている」と報じていた。

ハードマン氏は、「サウジはプロのゴルフ、サッカークラブ、主要なエンターテインメントイベントを買収して国のイメージを改善するために数十億ドルを投資しているが、人道上の犯罪から注意をそらすことはできない」と強調している(「『カショギ氏殺人事件』1カ月の総括」2018年11月01日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。