ロシアの民間軍事組織「ワグネル」の創設者であり、6月23~24日にかけた「24時間の反乱」を主導したエフゲニー・プリゴジン氏が搭乗していた同氏私有のジェット機が23日、モスクワのシェレメチェボ空港から同氏の会社の拠点があるサンクトペテルブルクに向かう途中、墜落し、機体は爆発した。同機の搭乗リストには同氏を含み10人の名前があったが、全員が死去した。
ロシア国営タス通信は墜落した飛行機にはプリゴジン氏が乗っていたとして、同氏の死去を報道。同時期、プリゴジン氏所有のメディア「テレグラム」はSNSで同氏と他のワグネル指導者たちの訃報を流し、事故を確認している。墜落の原因はこれまでのところ不明。ロシア当局は墜落の原因調査に乗り出している。メディア報道によると、同機はミサイルで撃墜されたという。ロシア当局からの公式確認は24日の現時点では無い。
刑務所に拘留中のプリゴジン氏はプーチン大統領によって見出された人物で、ホテル、レストラン、ケータリング事業(「コンコード・グループ」)で経営の才能を発揮し、一時期“プーチン氏の料理人”と呼ばれた。その後も「パトリオット・メディア・グループ」を創設し、10ニュースウェブサイトを運営し、2016年の米大統領選挙キャンペーンに重大な影響を与えたトロール工場(フェイク情報を拡散して世論捜査をするグループ)を管理。そしてロシアで初の民間軍事組織「ワグネル」を創設した。ワグネルの傭兵軍は最大5万人規模と推定された。2014年以来、シリア、マリ、スーダン、中央アフリカ共和国など、ロシアにとって戦略的および経済的に関心のあるいくつかの国で活動した。彼らは重大な戦争犯罪を犯し、人権侵害で繰り返し告発されている(「反乱後の『プリゴジン帝国』の行方」2023年7月03日参考)。
ウクライナ戦争でもプリゴジン氏の「ワグネル」は戦線に出動し、ロシア正規軍が停滞している中、東部戦線で一時成果を上げたが、プリゴジン氏はロシア軍指導者のやり方を激しく批判した。それが契機となって6月24日、プリゴジン氏はロストフナドヌーからモスクワに進軍し、クレムリン体制の打倒を掲げたが、突然、軍を撤退させ、反乱は24時間で終わった。ベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介でプーチン氏とプリゴジン氏の間で妥協が成立し、プリゴジン氏を含む反乱関係者は免責を受け、隣国ベラルーシに拠点を移すことで合意した、といわれた(「『プリゴジン反乱』後のロシア情勢」2023年6月27日参考)。
ロシア問題専門家のインスブルク大学のゲルハルト・ゴッドマン教授は23日、オーストリア国営放送(ORF)の夜のニュース番組で、「反乱後、プーチン氏はプリゴジン氏を国家の裏切り者と最大級の批判をしたが、具体的には何もしなかった。プリゴジン氏が反乱後も自由に活動を継続している姿を目撃し、クレムリンのエリートたちの間で『プーチン氏は弱い』といった囁きが聞かれた。プーチン氏は弱さを見せるわけにはいかない。自身が弱くないことを誇示するためにもプリゴジン氏を処罰する必要があったはずだ」と説明。
プーチン氏ではなく、別の人物がプリゴジン氏の殺害を命令したのではないか、という情報について、教授は、「確かに、クレムリンの中にはそのような強硬派の指導者もいるが、プリゴジン氏の殺害はプーチン氏抜きでは考えられない。プーチン氏は過去、国家に対して裏切った者を絶対に許さないし、忘れることもないと強調した。プリゴジン氏のジェット機墜落が24時間反乱からちょうど2カ月目だったこと、機内にはワグネルの指導者も乗っていたことなどを考えると、プリゴジン氏のジェット機墜落はプーチン氏の計算された工作と考えざるを得ない」と解説した。
同教授はまた、「ロシア国民もプリゴジン氏の死を歓迎しているだろう。ロシア国営メディアは過去2カ月間、プリゴジン氏が犯罪者であり、オリガルヒ(ロシアの新興財閥)で腐敗した人間であると連日報じてきた。だから、プーチン大統領がそのような犯罪者を処罰したと受け取っているわけだ」という。
プリゴジン氏を失った「ワグネル」が存続できるかは不明だが、プーチン氏はプリゴジン氏の死を通じて、クレムリンのエリートたちと国民に向かって、「自分は言行一致の強い指導者である」と誇示したことになる。
なお、プリゴジン反乱後、元軍事情報官でドネツク人民共和国国防相に一時期就任したとがある超ナショナリストのイゴリ・ギルキン氏(52、別名ストレルコフ)が7月21日、「過激主義を扇動した」という理由で拘束された。ギルキン氏はクレムリンのウクライナ戦争が「生ぬるい」としてロシア軍、そして軍の最高司令官でもあるプーチン大統領を批判してきた人物だ。今月22日には、プリコジン氏の反乱を事前に知っていたといわれるスロビキン上級大将が航空宇宙軍総司令官を解任されている。スロビキン氏は連邦保安局(FSB)の取り調べを受けている。そして今回、反乱の本丸、プリゴジン氏自身がプーチン氏の報復の的となった、というわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。