間違いを一つもせず、ゴールまで走り切った人はほとんどいないだろう。1人間の人生だけではない。民族、国家も同様だろう。間違いや誤りがあれば、それを是正して前進していくことで、人生は豊かになり、民族、国家も発展していくはずだ。
少々大げさな書き出しとなったが、デンマーク政府は25日、公共の場でのイスラム教の聖典「コーラン」の焼却を刑法で禁止する法案を作成した。同法案はコーランだけではなく、キリスト教の聖書やユダヤ教のトーラ、またキリスト教のシンボルである十字架などに対する冒涜行為にも適用される。法律に違反すると、罰金と最大2年の禁錮刑という。
デンマークのペーター・ホメルゴー法相は、「政府が提出した法案は、宗教共同体にとって重要な宗教的な対象の不適切な取り扱いを禁止するものだ」と説明している。デンマークではここ数カ月の間で宗教的な文書や関連施設への冒涜行為が頻繁に行われたことから、イスラム教世界で抗議が高まってきた。
同法相は、「公共の場での聖典の焼却行為だけではなく、踏みにじる行為や他の冒涜行為も法律の対象に含まれる。コーランの焼却は、基本的に軽蔑すべき行為であり、わが国の国益に害を及ぼす。外国および国内でのデンマーク人の安全を脅かす冒涜行為だ」と述べている。同時に、「言論の自由」問題にも言及し、「この法案は何を考え、言うことができるかを記述したものではない」と強調することを忘れなかった。すなわち、政府が作成した法案は「言論の自由」を規制するものではないというわけだ。
北欧のデンマークやスウェーデンで最近、コーランを焼かれたり、イスラム教の聖典が冒涜されたりする出来事が多発していることをこのコラム欄でも報じてきた。北欧の両国はこれまで「言論の自由」という理由でコーランを焼く実行者に対して法的な規制を行わなかった。
例えば、スウェーデンの首都ストックホルムの警察はユダヤ教とキリスト教の聖典を燃やすデモ申請を許可せざるを得なかった。カリナ・スカーゲリンド警察広報官は当時、「許可は公にトーラと聖書を焼くためのデモ申請に関するものではない。言論の自由に基づいて意見が表現される集会として許可しただけだ。両者には重要な違いがある」と説明した。ただし、デモ関係者の説明によると、「デモの申請書にはトーラと聖書の写しを焼くと報告してある。コーランの焼却は言論の自由の表現だ」と述べてきた(「ハイネの“予言”は当たった」2023年7月6日参考)。
スウェーデンでは今年1月21日、右翼過激派のリーダー、ラスムス・パルダン氏がトルコ公館前で市民の面前でコーランを焼却し、国際的なスキャンダルとなった。スウェーデン政府関係者は当時、この行為を非難し、事件の直後、コーラン焼却を禁止した。その理由は、イスラム世界での反スウェーデン抗議行動や過激派のウェブサイトからの攻撃の呼びかけがあった故の安全上の懸念からだ。
それに対して、ストックホルムの裁判所は「根拠は不十分だ」として禁止を取り消した。曰く、「抗議とデモの自由は憲法で保護されている権利だ。一般的な脅威状況だけでは介入の根拠にはならない」と説明している。要するに、「言論の自由」は宗教団体の聖典を燃やす行為を容認しているという立場だ。デンマークでもこれまでは同じだった。
北欧のコーラン焚書と、それを取り締まらず容認する国に対し、イスラム世界では怒りの声が高まってきていた。「イスラム協力機構(OIC)」(56カ国・1機構)は2日、サウジアラビア西部ジッダで臨時会合を開き、対応を協議した。また、欧州連合(EU)カトリック司教協議会委員会(COMECE)は4日、スウェーデンにおけるコーランの焚書を非難した。
フランシスコ教皇はアラブ首長国連邦の日刊紙とのインタビューで、「こうした行為に憤り、嫌悪感を抱く」と語った。「神聖とみなされた本は、信者への敬意から尊重されなければならない。表現の自由は、他者を軽蔑する言い訳として決して利用されてはならない」と述べている(バチカンニュース独語版)。
コーラン焚書は国内のデンマーク国民とイスラム系住民との間に緊張をもたらしている。ホメルゴー法相は、「法案を作成した最大の理由は国内の治安対策とイスラム教国との間の国家安全保障の強化だ」と述べている。
同法相は、「暴力的な反応を引き起こすためにあらゆる手段を講じる一部の人々を黙って見過ごすことはもはやできない」と指摘。デンマークでは、コーラン焼却以来、国内のテロの脅威が高まってきている。実際、テロ組織のアルカーイダは、スウェーデンおよびデンマークでのコーラン焼却に関して、EU加盟国へのテロ攻撃を示唆する声明を発表している。なお、スウェ―デン政府はデンマークと同様、コーラン焚書などの行為に対する規制強化を検討している。
デンマーク政府は、「言論の自由」という名目でこれまで黙認してきたコーラン焚書などの行為に対し、「宗教団体にとって重要な意味のある文書や関連物への不適切な行為を禁止する」と明記したわけだ。その目的は第一に国内の治安対策だが、「言論の自由」にも制限が伴うケースがあることを認めたことは大きな前進だろう。政府は同法案を9月1日、議会に提出する予定だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。