中国の「対日感情」について

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内定していた公明党山口代表の訪中がドタキャンされたという。

公明、対中関係で存在感示せず 代表・山口氏の訪中延期 広がる衝撃

公明、対中関係で存在感示せず 代表・山口氏の訪中延期 広がる衝撃:朝日新聞デジタル
 公明党・山口那津男代表の訪中が中国側の意向で延期となり、公明は強みの対中外交で存在感を示すことはできなかった。公明は伝統的に中国と深い関係を維持しているが、東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出に中…

山口氏の訪中延期が決まると、公明関係者は嘆いた。「うちだからこそ、この時期の訪中日程がはまったと思っていたのに……。

たしかに深刻な事態だ。朝日の記事は国交回復前から続く公明党と中国の関係に触れているが、もっと参照すべきは、2012年9月「尖閣国有化」後の騒擾の記憶も覚めやらぬ2013年1月に山口代表が訪中して党総書記に就任したばかりの習近平主席と会見したことだ。

あの時に会えたのに今回は会えないとは、中国国内の情勢は、尖閣後のあの時よりもさらに険しいということなのか。

一つの違いは、あのときは既に事件から4ヶ月経って中国国民の興奮も沈静化していたことだ。政府間交流はその後も長く凍結状態が続いたが、「公明党は別扱い」が成りたった。今回は国民感情がヒートアップしている真っ盛りで、ここで「習近平主席が日本人と会見した」となると、国民の興奮に輪をかけるリスクがある、ってことじゃないのかな。知らんけど。

いまや事態が国産海鮮品までボイコット、日本の工業製品にもボイコット、日本人学校にも投石…と拡大しているので、政府は国民の過激な反応に対しては「煽りすぎた。やばい」と、鎮静化に動いているとは思うが、外務省や北京の大使館がことが起こる前に邦人に注意喚起したのは適切だったと思う。

それにしても、こういう現象について「習近平の指示」とか「対日カード」とか、擦り切れた紋切り話法を聞かされるのは飽き飽きだ。僕はますます「中国2アクター仮説(何でも習近平が一人で決めているわけじゃなくて、体制内のマジョリティ民意がはっきりしたベクトルを形成すると、習近平だって逆らえなくなる)」に傾いてしまう。

この仮説については、以前雑誌「公研」にこんな小論を書いて、さらにFBに関連の投稿をしたのでご参考。

「公研」2023年7月号

私の中国論のモットーは「仮説と検証」です。秘密が多すぎてよく分からない中国について「こうだからじゃないか、ああなっているんじゃないか」と仮説を立てる、然るのちに日々伝わってくるニュースを題材にして、立てた仮説で腹落ちする説明ができるかどうかを検証する(上手く説明できないときは、仮説を廃棄する)。

今回「公研」に書かせてもらったこの小文も、最近温めている仮説の一つです。

この仮説で説明したいと考えているもう一つの題材は、福島の処理水排出に対する中国政府の非論理的、情緒的な反応です。

韓国が同調してくれない、EUに至っては、これまで課してきた日本食品の放射性物質検査を(中国から見ると)最悪のタイミングで撤廃すると発表しやがった…孤立を何より嫌う中国外交にとっては誠によろしくない展開だけど、逆風ももののかは、相変わらず全力でバッシングしてる…

私はこの反応の背後にも、意外や環境センシティブになった「体制内マジョリティ」が強く反発していて、専門家が「問題にならないレベルの放射能」「うちの原発も相当な量のトリチウムを排出してまして」とか迂闊に発言したらボコにされるムードがあるんじゃないかと疑ってます。

外交当局にとっても、今やいちばん大切なのは、外交相手国の反応より国内世論の反応だから、ああいう反応になる…そういう説明は説得力があるかしらん?(7月22日記)


編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2023年8月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。