国の税収を4500億円減らす「ふるさと納税」

ふるさと納税の額が「9654億円」と過去最高を更新した。前首相は「2兆円を目標とすることが望ましい」と勢いづく。テレビでは、家計アドバイザーが、「ふるさと納税」を物価高対策として推してくる。

なるほど。ふるさと納税サイト――そういうものがあること自体も驚きだが――を見てみると、平均年収(※)の夫婦の場合、約60,000円「納税」できるらしい。返礼品の原価を3割とすると、1万8千円相当のものがもらえるということか。これは大きい。サイトによれば、節約したい人には「小分けされた肉」「日持ちする干物」「発送時期が予約できるお米」などがおすすめ、とある。

厚生労働省の調査によると世帯年収の平均は564.3万円

どれどれ。「お米5キロ 半年間毎月お届け」は3万5千円の納税でもらえる……いや、これでいいのだろうか?

takasuu/iStock

国全体では税収が減るふるさと納税

当然だが「ふるさと納税」は税収が増えるわけではない。それどころか、国全体としての税収は減少する。返礼品や返礼品の「広告」などのコストが発生するからだ。前年度(2022年度)の減少額は約4500億円。ふるさと納税額の「5割弱」にあたる(※1)。

「5割弱」の内訳は、返礼品そのものが3割。返礼品の発送などが1割、そしてふるさと納税サイトの手数料・広告料などが1割を占める。

自分が納めた(寄付した)ふるさと納税の1割が、サイト運営事業者に流れる。このことに抵抗感を覚える方も多いのではないだろうか。しかも、その額は拡大傾向にある。

ふるさと納税サイトを運営する「ふるさとチョイス(トラストバンク)」と「ふるなび(アイモバイル)」2社の決算書を見ると、「ふるさとチョイス」の売上高は前年比166%、利益は135%と増収増益。「ふるなび」も、売上高は前年比129%、利益は126%とこちらも増収増益だ(※2)。地方創生を旨とする「ふるさと」納税が、「東京」を本社とする企業を潤わすという、皮肉な結果を生んでいる。

前首相の目標どおり、ふるさと納税が2兆円に拡大すれば、ふるさと納税サイトの「市場規模」も2000億円に拡大する。

なぜ、ここまでの広がりをみせたのか。納税者が納税先を自由に選べるようになったからだ。

住民税とは ふるさと納税とは

ふるさと納税は、住む地域の(主に)住民税を、「ふるさと」に移転するものである。

住民税は一言でいうと「地域社会の会費」だ。住む地域の行政サービスを享受した住民が、経費負担として、その地域に税金を納める。この「受益と負担の関係」が住民税の原則となる。

一方、行政サービスだけを享受し、住んでいる地域に住民税を納めず、他の地域(ふるさと)に納税する。これは「ただ乗り(フリーライド)」であり、「受益と負担」の原則を逸脱してしまう。

「だったら、生まれてから現在までの『一生涯』で受益と負担をバランスさせる、と考えてはどうだろう?」

ライフ・サイクル・バランス税制という発想が生まれる。2007年(平成19年)の「第1回 ふるさと納税研究会(以下研究会)」にて、当時総務大臣だった菅義偉氏は、以下のように述べた。

「(ふるさとが)高校まで多額の行政コストをかけたのに、成長した若者は出ていってしまう。何らかの還元ができる仕組みはないか。生涯を通じたバランスの中で受益と負担を考えていくべきではないか」

これが「ふるさと納税」本来の考え方だ。しかし、問題が二つあった。

「ふるさと」とは何か

一つは理論面だ。研究会の(最終)報告書は、

「行政サーピスの財源は『その時点』において受益している者が負担すべき」

と、『一生涯を通じた』受益・負担バランスを否定(※)。

※このため、ふるさと納税は「税」ではなく「寄附(寄付)」としている

もう一つは実務面だ。

「ふるさととは何か? 生まれたところなのか。育ったところなのか。それともお世話になったところか」

定義できない。定義できたとしても、それを証明することが難しい。そこで、ふるさとについては「考え方は様々なので限定すべきではない」とし、「納税者の意思を尊重する」という回避策を採った。

かくして、ふるさと納税は、納税する自治体を自由に選べる、という画期的な「税制」となった。選ばれない自治体は住民税が流出してしまう。「なにか策を講じなければ」。住民税獲得競争の始まりだ。

「納税市場」の出現

2013年頃から、返礼品で差別化する自治体が現れ始めた。鳥取県米子市や佐賀県玄海町などだ。特に、返礼品の還元割合(返礼品の価格が「ふるさと納税額」に占める割合)が高いといわれる鳥取県は、同年3億円弱のふるさと納税を獲得している(※3)。

他の自治体も負けてはいられない。勝つためにはどうすればいいか。自治体にそのノウハウはない。ノウハウがあるのは……楽天、さとふる、ふるさとチョイス。プラットフォーム企業が登場する。

納税市場の誕生

株式会社HIKKY(泉佐野市バーチャルマーケット2022)プレスリリースより

早い段階からプラットフォーム企業と組み、成功したのが泉佐野市だ。

2013年よりふるさとチョイス(トラストバンク)の利用を開始。翌年、同社と包括契約を結ぶ。ふるさと納税額(寄付金額)が1億円を超えたら成果報酬10%、日本一になったら20%、1億円未満なら無報酬、という契約だ。結果、前年4千6百万円だった「ふるさと納税額」は4億6千万円と10倍以上に増加する。

泉佐野市の成功が引き金となり、プラットフォーム企業の参入が続く。

2013~15年の間に、ふるさとチョイス(トラストバンク)、ふるなび(アイモバイル)、楽天ふるさと納税(楽天)、さとふる(さとふる)といった現在シェア9割を占めるプラットフォームが出揃う。1653億円(※4)の「納税市場」が誕生し、納税が「ビジネス化」されていく。

どこかの自治体がふるさと納税を獲得すれば、どこかの住民税が減ってしまう。ふるさと納税はゼロサムゲームだ。ゲームの勝者がいれば敗者もいる。敗者のひとつが世田谷区だ。

参入が遅れた世田谷区

世田谷区は「ふるさと納税市場」参入が遅かった。返礼品競争に否定的だったからだ。2021年10月には、以下のような方針を表明している。

ふるさと納税の本来の趣旨に立ち返り、「返礼品(モノ)」 をきっかけとするのではなく「寄附(寄付)の使い道(コト)」への共感をきっかけとした寄附(寄付)を募っています。

令和3年(2021年)10月2日 せたがや区のおしらせ

ところが、21年度、区民税の「7%」に相当する「87億円」がふるさと納税として流出したことが判明し、方針を転換。特設サイトを開設し、焼き菓子やオーダージュエリーなど名産品や、宿泊クーポンなどで返礼品を充実させることに。

保坂展人区長は、「自治体がカタログ競争に加われなければ、区長は何をやっているのか、と批判される」「奪われた財源を一部でも取り戻したい」と述べる。

だが効果は小さく、22年度は3億円弱のふるさと納税が「流入」したものの、98億円と過去最多額が「流出」。流出額の大きさでは、川崎市に次ぐ2位となっている(※)。

※流出額の75%を国から補てんされる地方交付税交付団体は除く

足並み乱れる東京

東京都及び東京23区はふるさと納税に批判的だ。

「住民税は、地方自治体が行政サービスを提供するために必要な経費を賄うものであり、その地域の住民が負担し合うものです(受益と負担の関係)」(東京都)
ふるさと納税に対する東京都の見解 | 東京都主税局

「この制度を導入した国の責任は重い」「おかしな話が、当然のようにまかりとおっていることに危機感を感じる。他の区長は分からないが、私は、根本的に間違ったことをやる気はない。最後まで、筋を通したい」(練馬区長 前川燿男氏)
ふるさと納税 激化する競争 税の奪い合い? | NHK政治マガジン

しかし、世田谷区同様、背に腹は代えられない状況が続き「ふるさと納税市場」に参入する区が増加しつつある。

本来の「ふるさと」納税へ回帰を

平成19年10月の「ふるさと納税研究会報告書」には、

「自分を育んでくれた『ふるさと』は誰にとっても親のようにかけがえのないもの」
「育んでくれた人々への恩返しの思いをあらたにする」
「育ててくれた『ふるさと』の恩に感謝する本来の人間性への回帰の貴重な契機となる」

などふるさとへの思いが綴られている。美しい思いは、歪んだ「税金争奪戦」として定着し、拡大しつつある。

「ふるさとへの恩返し」という原点に立ち返り、制度を見直してはいかがだろうか。


【脚注】
※1
ふるさと納税の募集に要した費用(ふるさと納税に関する現況調査結果 令和5年8月1日)
※2 セグメント売上・利益より
株式会社アイモバイル 2022年7月期 決算短信
株式会社チェンジホールディングス 2023年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結) (トラストバンク)
※3
受け入れ寄附金額の推移でわかる、ふるさと納税 人気自治体の歴史 | ふるさと納税ガイド
※4
ふるさと納税に関する現況調査結果(平成28年6月14日)
平成27年度の実績は、約1,653億円(対前年度比:約4.3倍)、約726万件(同:約3.8倍)

【参考】

ふるさと納税の倍増へ菅前首相「2兆円という目標は必要だ」 : 読売新聞
ふるさと納税は3年連続で最高更新、昨年度の寄付総額9654億円…都城市と紋別市が人気 : 読売新聞
「ふるさと納税バブル」で一番儲けたのは誰か これからも続ける意味がどれだけあるのか? | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン
ふるさと納税の資金の流れ-ふるさと納税再考の余地はどこにあるのか? |ニッセイ基礎研究所
ふるさと納税の裏側で…寄附額の10%超が『手数料』でサイト業者へ 東海3県全市町村調査で判明|東海テレビ NEWS ONE
第1回 誰がトクした? ふるさと納税制度 | コープ共済 【ケガや病気,災害などを保障する生協の共済】
ふるさと納税 東京23区からも返礼品攻勢 区民税流出、計708億円「背に腹は代えられない…」:東京新聞
世田谷区が返礼品拡充 区民税 87億円流出 ふるさと納税、方針転換:東京新聞 TOKYO Web
ふるさと納税で住民税流出 横浜市は272億円超 川崎市、世田谷区も多額 全国の総額は過去最多に:東京新聞 TOKYO Web
受け入れ寄附金額の推移でわかる、ふるさと納税 人気自治体の歴史 | ふるさと納税ガイド
総務省|ふるさと納税研究会