処理水放出、国際会議で発信すべきは「正当性」か?

自民党外交部会は30日、党本部で東京電力福島第1原子力発電所の処理水(以下、処理水)の海洋放出や反発する中国への対応について協議し、堀井巌部会長が「国際会議や2国間会談の機会に日本の取り組みをしっかり説明し、正当性を発信し続けてほしい」と政府に求めたことが報じられている

福島第一原子力発電所 NHKより

が、今般の処理水放出につき国際会議などで日本が発信すべきこととして、この自民党外交部会長が「正当性」という語を用いたことに、筆者は少なからぬ異論がある。発信すべきはあくまで、「基準に沿っていること」や「安全性」であって、「正当性」ではあるまい。以下にその理由を述べる。

まず原発からの排水に係る国際法について復習すると、海洋投棄に関係する国際法には「海洋法に関する国際連合条約(「国連海洋法」)、「1972年ロンドン条約」(「ロンドン条約」)そして「ロンドン条約1996年議定書」(「議定書」)がある(拙稿「公明・山口発言は河野談話級の売国行為」

「ロンドン条約」は、水銀、カドミウム、放射性廃棄物などの有害廃棄物を限定的に列挙して海洋投棄を禁止した。が、後に「議定書」は、廃棄物等の海洋投棄を原則禁止した上で、浚渫物や下水汚泥など海洋投棄を検討できる品目を例外的に列挙し、海洋投棄できる場合でも厳格な条件下でのみ許可した。

すなわち、「ロンドン条約 第四条 廃棄物その他の物の投棄」の「付属書一 投棄を検討することができる廃棄物その他の物」は、1.で①から⑧まで投棄を検討できる物を列挙した後、3.で次のように述べている。(太字は筆者)

3. 1及び2の規定にかかわらず、国際原子力機関によって定義され、かつ、締約国によって採択され僅少レベル(すなわち、免除されるレベル)の濃度以上の放射能を有する①から⑧までに掲げる物質については、投棄の対象としてはならない

ただし、締約国が1994年2月20日から25年以内に、また、その後は25年ごとに、適当と認める他の要因を考慮した上で、すべての放射性廃棄物その他の放射性物質(高レベルの放射性廃棄物その他の高レベル放射性物質を除く)に関する科学的な研究を完了させ、及びこの議定書の第二十二条に規定する手続きに従って当該物質の投棄の禁止について再検討することを条件とする。

海洋投棄が検討できる対象物①~⑧に「水」が含まれていない上、「付属書一」の「3.」は僅少レベルの濃度の放射性物質を含む①~⑧を「投棄の対象としてはならない」としているので、冷却水や処理水の海洋投棄はできないと読める。

ならば、原発の冷却水と中性子の減速材として使われる水(以下、冷却水)および処理水のケースのように、「ロンドン条約」や「議定書」が想定していない水の海洋放出をどう考えるかと言えば、それらには「国連海洋法」が適用される。

「国連海洋法」は、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚、公海、深海底などの海洋に関する様々な問題について包括的に規律するが、処理水の海洋放出が同法に沿うかどうかは、処理水の放出が他国に対する環境損害を発生させるレベルのものではないこと、及び同法の「第百九十二条 一般的義務」にいう「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」ことが関係する。

具体的には、以下の「第百九十四条海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するための措置」の「1項」に整合するかどうかだ。

1  いずれの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するため、利用することができる実行可能な最善の手段を用い、かつ、自国の能力に応じ、単独で又は適当なときは共同して、この条約に適合するすべての必要な措置をとるものとし、また、この点に関して政策を調和させるよう努力する。

つまりは今般の処理水放出が、日本の「能力に応じ、単独で又は適当なときは共同して」「適合」させた、「実行可能な最善の手段」であることを、国際社会に理解してもらう必要がある。現状、各国が原発冷却水を海に流しているのは、それが「実行可能な最善の手段」であることを世界各国が承知し、互いに了解し合っているからに他ならない。

ここで中国の言い分を検証すると、駐日中国大使は7月4日、「海洋放出は唯一のオプションではない。最も安全・最善な対策でもない」と述べ、またロシアと共同で7月下旬に日本政府に提出した質問リストでは、水蒸気放出(大気放出)の方がより「周辺諸国への影響が少ない」とした。

これらの主張は何れも、中国が前述した国際法を熟知した上でのものと知れる。また中国の外務省報道官は、福島処理水はデブリに触れた汚染水で、通常運転で発生する冷却水とは異なり、その放出は過去に例がない、との趣旨をも述べている。

ならば年間トリチウム放出量が中国の原発冷却水より大幅に少ない今般の放出計画が、安全でない根拠を示せと中国に言いたい気持ちを、多くの日本国民が持つのも宜なるかな。しかし、縷説した目下の国際法の原発排水の文言は、海洋放出が現実的である現状を消極的に容認したもの、と考えるべきだろう。

その上で、中国や韓国の野党などの一部の反対者を除き、国際社会の多くが日本の処理水放出計画を容認している理由は、IAEAが基準内であり影響はごくわずかだとした「安全性」と、「我が身を振り返る謙虚さ」にあると筆者は思う。

だのに、そうした場で処理水放出の「正当性」などと主張するなら、その恥知らずな傲慢さに国際社会は鼻白み、顰蹙を買うに相違ない。自民党外交部会は、より謙虚にこの問題を取り扱うべきと思料する。日本に淵源がある問題での中国の対応が、「緊急措置」(中国報道官)に終わるに越したことはない。