海賊船長に変身した独首相

ドイツのショルツ首相が2日、ポツダムでジョギング中に転び、右目を傷つけ、顔面を負傷したというニュースが流れてきた時、ジョギング中に顔面を負傷するという状況が少しピンとこなかった。80歳の高齢のバイデン米大統領が演説後、躓いて倒れたり、飛行機のタラップから降りる時、躓いて倒れそうになったシーンはよく観てきたが、65歳と若いショルツ首相は倒れた時、先に手をついて顔面を守らなかったのだろうか、それとも、顔面を直接地べたにぶっつけたのだろうか、等々と考えた。

「海賊首相」に変身したショルツ首相(ドイツ民間ニュース専門局ntvからスクリーンショット)

暫くすると、右目に眼帯をつけ、目の周囲に擦り傷をつけた首相の写真が流れてきた。同時に、インターネット上では、眼帯を付けたショルツ首相の写真が拡散し、大ヒット。コメントには「海賊首相」、「海賊政党」といった見出しまで飛び出していた。

面白いことに、眼帯をつけたショルツ首相はきわめて上機嫌で、笑顔を見せながらカメランマンたちの要求に応じていたのだ。まるで眼帯を付けた海賊船のキャプテン・キッド役をもらってはしゃいでいる子供のようにだ。ショルツ氏は自身のインスタブラムに眼帯をし、顔に擦り傷を負った写真を載せ、「ミームを楽しんでいる」と書きつけているのだ。

グーグルでサーチすると、「ミーム(meme)」とは主にインターネットを通じて拡散、模倣、再生産される画像や動画などの情報、それを利用する文化を指す。笑いや共感を得ることを目的としたものが多い」と説明されている。ドイツ民間ニュース専門局nTvは「首相の眼帯写真はミームの波を起こした」と報じていた。

ドイツ国民経済がマイナス成長でリセッションにあること、世論調査ではショルツ連立政権は野党の「キリスト教民主・社会同盟」(CDUCSU)や極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の後塵を拝しているといったことを忘れてしまったように、ショルツ首相の周囲には明るい雰囲気が漂っている。ミームを楽しんでいるのだ。

インターネット上で眼帯の写真が人気を呼んでいることに気分を良くしたのか、首相広報官によると、「ショルツ首相は今週の日程は全て予定通りこなす」というのだ。眼帯姿の自分を売り出すわけだ。

ショルツ首相は65歳で外貌は頭髪は無く、身長は170センチとドイツ人としては低い。会議で欧米諸国の首脳たちと並ぶと、フランスのマクロン大統領と共に背が低い。国内でもハベック経済相やリンドナー財務相など長身で見映えのいい政治家と並ぶとちょっと見劣りする。その首相がジョギング中、転び、眼帯をしてから俄然と人気が上がってきた。不幸中の幸い、というべきだろうか。

普段は嫌な質問をして困らせたいと考えている記者たちも、眼帯姿で笑顔を見せるショルツ首相を見ると、同じように笑顔を返し、「首相、眼帯が似合いますね」といった冗談の一つでも飛ばしたくなるのだ。

「ミームの波」といえば、トランプ前大統領が8月24日、ジョージア州アトランタの拘置所に出頭し、被告人として写真を撮影されたが、米大統領経験者の初の拘置所での写真というニュースが報じられると、その数日後、厳しい目つきをしたトランプ氏の写真はトランプファンの間で人気を呼び、写真をコピーしたTシャツや小物が大売り上げを記録。その一方、トランプ嫌いの人は牢獄のトランプに写真を変えて楽しむ。その結果、トランプ氏は巨額の収入を得て大統領選の費用を稼いだという。ネガティブをポジテイブに変える才能を有するトランプ氏らしい。いずれにしても、被告人トランプ氏の写真は“ミームの波”に乗って広がっていったわけだ。

参考までに、ショルツ首相関係者によると、右目周辺の傷跡はまだ痛むという。一方、トランプ氏は近い将来、裁判で自身の是非が問われることになる。両者とも本来は笑いごとではないのだ。にもかかわらず、インターネット世界に出回った写真は笑いと共感を広げている。ミームの波が起きることで、そのコンテンツや情報はその濃度を変えていき、いつの間にか事件の核心を忘れさせていく。この現象を“ミームの汚染”と呼ぶという。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。