ロシアのプーチン大統領が昨年9月、部分的動員令を発した時、ロシア国内では大きな動揺が起きた。徴兵命令が届く前にロシアから出国するため、ビザのいらないトルコやカザフスタンなどに逃げたロシア人が急増した。一方、ロシア軍の侵略を受けたウクライナでは祖国防衛に燃える国民が率先して武器をもって立ち上がった。女性たちの中でも軍に入る人が出てきた。
それを目撃した欧米諸国の国民は国を守るために家族を犠牲にして立ち上がるウクライナ兵士に感動し、支援を惜しまなかった。そのような状況はつい最近まで続いた。両国国民の戦意の差が戦場での結果として現れたのは当然だった。守勢側のウクライナ軍の健闘に欧米諸国は喝采し、進んで武器や物品を支援してきた。
ウクライナ戦争は既に1年半となり、戦いは長期戦、消耗戦の様相を深めてきた。当然だが、ウクライナ側でも戦争疲れが見えてきた。ウクライナ国境警備隊によると、ロシアの侵攻が始まって以来、2万人以上の兵役義務を負うウクライナ男性たちの逃亡を阻止したという。
国境警備隊の広報担当者、アンドリイ・デムチェンコ氏は5日のニュース番組で、「昨年2月24日以降、国境警備隊は合計で約1万6000人の不法な出国を試みたウクライナ国民を逮捕した。同時に、偽の出国許可書を持っていた約6200人の男性も捕まった」と語った。兵役回避者は主に18歳から60歳の男性で、ルーマニアとモルドバとの国境線で発見されている。「ルーマニアとハンガリーとの国境河川ティッサで少なくとも19人の男性が溺死し、数人がカルパチア山脈を越えて逃亡中に凍死した」という。
ウクライナでは戦争勃発以来、18歳から60歳までの兵役義務を負う男性の国外出国が禁止されているが、欧州連合(EU)の統計機関であるEUrostatによれば、EUの27カ国とノルウェー、スイス、リヒテンシュタインには18歳から64歳までの約65万人のウクライナ男性が難民として登録されているのだ(オーストリア国営放送ヴェブサイトから)。
キーウ当局は、EU諸国に不法に出国した兵役義務者の引き渡しを検討している。ウクライナでは徴兵を免除するための文書の販売が盛んで、その文書の価格は現在、1万ユーロ(約158万円)以上に上昇しているという。
ゼレンスキー大統領は8月に入り、軍の徴兵に関する地域オフィスの全責任者を解任した。同大統領によると、検察当局、反汚職機関、そしてSBU(ウクライナ国家保安庁)の調査の結果、112件の刑事捜査が開始されたという。違反は、ドネツク、ポルタワ、ヴィンニツャ、オデーサ、キーウなどの地域で明らかになったというのだ。
ウクライナ捜査当局は7月23日、既に解任されていたオデーサ地区の人材紹介会社責任者を汚職容疑で逮捕した。この男は賄賂と引き換えに男性の兵役を免除することで不法に富を得ていたと言われている。この軍関係者は戦時中にスペインで数百万ドル相当の不動産を購入したという。有罪判決を受けた場合、最長で懲役10年の刑が科せられる可能性がある(「ウクライナで兵士不足が深刻か」2023年8月13日参考)。
ちなみに、ウクライナ側は兵役拒否者への対策を強化する一方、ロシア軍からウクライナに逃げてきた兵士に報奨金を提供している。最近では、ロシアのパイロットが亡命し、Mi-8ヘリコプターをキーウ側に引き渡したが、その報酬として50万ドルを提供することになっているという。軍事情報機関の広報担当者、アンドリイ・ユソフ氏は、「報奨金はウクライナの通貨であるフリブナで支払われる」と説明、ロシア軍兵士に戦わずにウクライナに亡命するように呼びかけている。
戦争が長引き、多くの犠牲者が出てくれば、戦争勃発時には見えなかったさまざまな不都合な事実が表面化してくる。ロシア軍だけではない。ウクライナ側でも同様だろう。
最後に、米国作家ヘミングウェイの名言を紹介する。
「いかに必要であろうと、いかに正当化できようとも、戦争が犯罪だということを忘れてはいけない」
ウクライナの場合、ロシア軍が侵略してきたのだから防戦する必要があるし、その戦いは国際法上からも正当化できるが、戦争が非人道的な犯罪である点では変わらない。その意味で、ウクライナ側はロシアより一層つらいわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。