異次元緩和策の「目的外使用」
円の実力(実質実効為替レート)は「50年ぶりの低水準」、円安と海外資源高で消費者物価は「40年ぶりの高騰」です。歴史的な異変と言えましょう。物価は11か月連続で3%超(政策支援をなくすと4%台)です。ガソリン価格まで円安で1㍑=180-190円で「15年ぶりの高値」です。
円安阻止のために、政策金利を上げていくべきなのに、それができない。植田総裁は読売新聞との単独インタビュー(9日朝刊)で、「マイナス金利の解除後も、物価目標の達成が安定的に可能ならば、(解除を)やる」と述べました。つまり、「いずれはやるにせよ、まだマイナス金利は解除する時ではない」と、市場に宣言したのに等しい。また円安が進みそうです。
どうも政府、日銀は大規模金融緩和の「目的外使用」に足を踏み入れているようにみえます。円安を容認し、物価が上がれば、消費税収が増える。円安で大企業の利益が増え、法人税収が増える。言わばインフレ税です。
その間、「家計の負担は22年度からの2年間で、20万円増加」(日経、8月30日)ですから、20万円の増税が行われたのに等しい。そのため、実質賃金は7月2・5%下落というマイナスに転じ、春闘の賃上げ効果を帳消しにしています。「インフレ税」という「目的外使用」と言えましょう。物価高の中の景気低迷というスタグフレーションの気配を感じます。
大規模異次元緩和(アベノミクス)を10年以上、続けてきた結果、日本経済はすっかり財政金融依存の体質に染まり、自立歩行ができなくなっています。金利をいじれば、人も企業も転んでしまう。1000兆円を超える国債の利払い費も増え、財政緊縮に迫られる。そうすると選挙に負ける。
財政再建を急ぐべきだったのに、先送りどころか、来年度予算は114兆円を上回り、3年連続で110兆円を超します。いまだに「経済成長によって財政再建を図る」という呪文を唱えている政治家が多い。それを10年以上も続けてきた結果がこうした金融財政状態を招きました。
政府は6月に「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で「財政構造を平時に戻していく」と明記しました。にもかかわらず、そんなことはお構いなしです。現在は安全保障、地球環境対策をみても、「戦時」みたいなものです。「戦時」に備えて「平時」から金融財政の足腰を強くしておかなければならないのに、「平時」に「戦時」のような真逆の政策を続けてきた。
岸田首相はあるシンポジウムで「政府のやること、民間がやることの区分ができなくなってきた。世界が大きく変わる中で、『これは政府がやる』、『これは企業がやる』という従来からの二分法では対応しきれなくなってきた」と、明言しました。「財政膨張容認」の宣言に等しい。
6月に約束した「平時に戻していく」は、フェイクニュース(虚偽情報)となりました。今やネットでなく、政府というリアル(現実)がフェイクを流す。フェイクニュースをネットのせいばかりにできなくなった。
9日の各社の社説をみても、おかしな主張が目につきます。金融政策を正常化していくには、財政政策を監視する「独立財政機関」を設けて、にらみを効かせることが第一歩です。そのことに全く触れていません。
日経社説の「義務的な支出である国債費の膨張は、政策に使う予算の余地を狭める」はどうでしょう。「余地狭める」からいいのです。「利払い費が高騰していくから、歳出を減らせ」というシグナルを市場から発しているのです。日経の主張は「金利引き上げによる利払い費の膨張」に反対しているかのような印象を受けます。
読売社説も似たようなものです。「国債の償還は利払いに充てる国債費が膨らんだことも気がかりだ。他の事業を圧迫しかねない」と。なんだか変ですね。「大規模金融緩和を方向転換していく過程では、利払い費が増えいくから、他の事業費を削り、歳出削減と歳入増加を図らなければならない」が正解なのです。
読売はさらに「必要性の薄れたムダな事業を徹底的に洗い出し、予算を効率化しなければならない」と。政府、自民党が「徹底的に洗い出す」ことをやるはずがない。やるなら新聞でしょう。最近はやりの生成AI(人工知能)と使って財政構造の分析をしたらどうでしょうか。
朝日社説は「予備が多い。政府が国会審議なしに使途をきめられ、財政民主主義をないがしろにする」と。視野が狭すぎる。「選挙のたびに財政膨張策をとるから、財政の持続可能性が危うくなり、民主主義社会の財政的基盤が棄損される。選挙が民主主義を危うくする」と書くべきでした。
地球環境対策、少子化対策、安全保障政策など、民間では手に負えない問題が続出しています。地球が狭くなり、グローバリゼーションが進み、ますます政府の出番が増えているのは確かです。だからこそ、「平時」に金融財政を正常化しておくべきだったのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。