9月9日の読売新聞の植田日銀総裁への単独インタビューが月曜日の東京市場を揺らしました。私が読み取った論調としては現在のYCCおよびマイナス金利の解除の判断をする材料が年内にも揃う可能性があると述べた点が重要だったとみています。これを受けて月曜日は長期国債の金利が急上昇し、終値は0.705%となりました。また為替についても月曜日の北米市場で急速な円高となっており、本稿を書いているNY時間の昼頃で先週末に比べ1円30銭ほどの円高になっています。
日銀は黒田総裁の時代を通じて2%のインフレについてこだわり、現在はそれを大きく超えるインフレ率にあるものの「一時的か、安定的か」という判断に迷っています。黒田氏は23年末には再び1%台に下がると決めつけていましたが、日本の物価動向を見る限り、その公算は怪しく、またエネルギー価格が再び上昇していることから恒常的なインフレになる公算が強まっています。
政府はそのインフレ対策としてガソリンや電気、ガス代への補助金という形で対応してきましたが、それらの価格が思惑通り下がらず、むしろ上昇する気配すら見せる中、補助金の延長という目先の対応に追われています。一方、円安については日米の金利差という為替基準と共にかつては安全通貨としての円という評価があったのですが、それが薄れたことによる国力の差にも現れるようになってきたと考えています。
それもあり、一方的な円安は国内経済を安定安全に保つためには大いなる弊害となり、適正な水準に引き戻す必要があります。この適正水準がどこにあるかは世にある様々な尺度とともに日銀が手元にある資料をベースにComfort Zoneを持っているものと思われます。多分、130円台前半ぐらいではないかと推測します。とすれば15円近いギャップがあるのです。
報道からは今回の植田発言は口先介入ではないか、とみる向きが多いようですが、個人的には植田氏の性格、学者としてのプライドを考えれば「口先介入」といった芸当ではなく、現在の日本の経済の状況を踏まえて素直に語ったのではないか、とみています。
とすればここからが問題です。
まず、年内YCC 及び来年春ぐらいまでのマイナス金利のそれぞれの撤廃がシナリオとして描けるでしょう。長期金利は年内に1%を超え、来年春には1.5%程度を見込んでもおかしくありません。この前提に立てば株価にはプラス面とマイナス面があります。輸出関連企業には重くのしかかる半面、輸入企業にはプラスに働きます。金利上昇とマイナス金利撤廃は銀行業にとっては大きなメリットになりますから、メガバンクから地銀まで継続的な株価上昇が見込まれます。株価を長期的に見ればプラスです。なぜならインフレは経済拡大を意味するので個別企業も成長し、株価は上昇するのです。日経平均がなぜ89年の高値を未だ超えないか、といえばインフレにならなかったからと言い切っても良いのです。
住宅ローンは長期金利上昇が固定金利ローンに影響します。一般には短期金利も上がるので変動型金利の人にも影響は出ます。個人的には日本の住宅ローンの金利はタダのような金利水準であることには変わりがなく、多少上昇したところで払えない額ではないと考えています。
問題はマスコミで、ごくわずかな金利上昇を受けて街角インタビューをすれば10中8,9が「困る!」と答えるので「この金利上昇は一般庶民に厳しいボディブローになる」という大げさな報道が大手を振ってまかり通るのです。国民は当然にして日銀に対する恨みを募らせます。これは止めてもらいたいと思います。あまりにも感情的、感覚的な話でインタビュアーが具体的に金利がいくら上がり、ローン額がどう変わるか指し示さないで街角の人に「どう思いますか?」と聞くのは片手落ちすぎるのです。
植田総裁は日本の金融政策を正常化させる、これが当面の目標に見えます。日本だけなぜ、超低金利を維持しなくてはいけないのか、それを植田氏は総裁就任時に時間をかけて検証するとし、その作業を現在も行っています。バブル崩壊後から金利を下げることで日本経済を維持してきたように見えますが、それが間違った意図となり、結果として失われた30年を生み出した原因の一つになった公算があるのではないでしょうか?
少なくとも当時から大きく世代替わりした今、金利がないという社会は時間軸に対するコスト意識が無くなることを意味します。いくら日本が安定的成長を求める国だとしても残念ながら自給自足経済ができるわけではないし、世界のリーダーの一角を占めるわけですから、本来あるべき健全な金融政策を打てる土壌を取り戻すという壮大な目標に向かうことは重要だと考えています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年9月12日の記事より転載させていただきました。