「河井氏への2800万円買収資金提供」が安倍首相突然の退陣表明の背景となった可能性⁉

9月8日、2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる公選法違反(買収)事件で、検察当局が20年1月に河井克行元法相の自宅を家宅捜索した際、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った疑いを示すメモを発見し、押収していたことを、地方紙中国新聞が報じた(「(独自)河井元法相、買収原資は安倍政権中枢からか 4人から6700万円思わせるメモ 自宅から検察押収」)。

同記事では、メモの内容について

関係者によるとメモはA4判。上半分に「第3 7500万円」「第7 7500万円」と書かれ、それぞれ入金された時期が付記されている。その下に「+(プラス)現金6700」と手書きで記され、さらにその下に「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」と手書きされていた。

このメモに関する検察捜査について

検察当局は、元法相が広島県内の地方議員や後援会員に現金を配り回った買収の原資だった可能性があるとみて捜査していたが、当時の安倍晋三首相らを聴取することはなかった。あくまで河井克行元法相の立件に焦点を絞り、ときの政権中枢への捜査に及び腰だった

としている。

この参院選での広島選挙区では、案里氏が、2人目の自民党公認候補として立候補して当選したが、広島地検特別刑事部の捜査に、途中から東京地検特捜部が加わった検察捜査により、夫の克行氏とともに、買収事件で逮捕・起訴され、当選無効となり失職した。

自民党本部から河井夫妻が代表を務める自民党支部には、公示の3か月前から直前までの間に合計1億5千万円が振り込まれていた事実も明らかとなり、それらが現金買収の原資になった疑いも指摘されたが、結局、自民党本部に対する強制捜査は行われず、2021年9月、自民党本部が、この1億5000万円が、買収資金には充てられていなかったとの調査結果を公表したことで、自民党本部からの買収資金の提供疑惑は「幕引き」となっていた。

今回、中国新聞が報じたのは、このような自民党本部から河井夫妻の政党支部への資金提供とは別に、当時の安倍首相をはじめ自民党幹部から、合計6700万円もの多額の現金が河井夫妻の下にわたっていた事実である。

中国新聞は、「メモ魔の記録「総理、すがっち、幹事長、甘利」 政権中枢の4人、案里氏を全面支援 河井元法相の自宅メモ」と題する続報で、メモの信ぴょう性について、以下のように、述べている。

「総理」「すがっち」「幹事長」「甘利」―。克行氏が書き留めていた四つの単語だ。買収事件の捜査に当たった検察当局は、それぞれ安倍晋三首相▽菅義偉官房長官▽二階俊博自民党幹事長▽甘利明同党選挙対策委員長(肩書はいずれも19年参院選当時)とみていた。

金額が最も多い二階氏は幹事長として党内の選挙資金を差配する立場にあった。19年の政治資金収支報告書によると、10億円超の党の政策活動費を預かっていた。案里氏は参院選の立候補を「二階さんからの打診」と周囲に語っており、当選後に派閥へ迎え入れたのも二階氏だった。

さらに安倍、菅両氏も含めた3人は選挙中に広島に入り、街頭やホテルで案里氏の応援マイクを握った。中でも二階、菅の両氏は現職で岸田派幹部だった溝手顕正氏の支援は一切せず、案里氏だけを推す肩入れぶりだった。甘利氏は案里氏の擁立時、選対委員長として候補者調整を仕切った。

選挙戦の前後を通じ、再三、政権の「威光」を周囲に誇っていたのが克行氏だった。「案里さんのバックは安倍政権そのものなんだよ」。選挙中、中国新聞の取材にもこう語っていた。

地方議員や後援会員らに現金を配り歩き、一部の議員には「総理から」「安倍さんから」と手渡した。案里氏も「二階さんから」と言い添えて県議に現金を渡していた。夫妻の言動は克行氏のメモの記載と符合する。

克行氏は元来、「メモ魔」とされ、日ごろのささいな出来事の記録も残したがる性格だったという。元事務所スタッフの一人は「とにかく何でもメモに残す。われわれもいつもメモを取れと指示されていた」と明かす。

これらは、いずれも、メモの信ぴょう性を裏付ける重要な間接事実である。

同記事は、最後に、次のように述べている。

買収事件の重要証拠となった広島県議らの名前と現金授受額を羅列したメモに加えて今回、政権幹部名を手書きしたメモの存在も明るみに出た。自らの公判では買収についての安倍政権の関与を否定し、資金の出どころは「たんす預金」などと主張していた克行氏。皮肉にも自らの記録によって、政権の重大な疑義が浮き彫りになった。

中国新聞は、これらの記事を受け、「河井元法相の立件優先、政権捜査に及び腰 メモ押収の検察」と題する解説記事で、

政権幹部による多額の現金提供の疑いを示すメモを発見、押収したものの、検察当局が当時の安倍晋三首相らを聴取することはなかった。あくまで河井克行元法相の立件に焦点を絞り、ときの政権中枢への捜査に及び腰だった検察の姿勢が透けて見える。

としている。

そのような事実を把握していたのであれば、検察当局として、政権中枢に対する強制捜査も含め、(「及び腰」にならず)積極的に捜査をすべきだったのではないか、というのが中国新聞の論調である。

今のところ、今回の政権中枢から河井夫妻への資金提供の事実の報道は、中国新聞の独走状態である。他のメディアの「後追い報道」もほとんどない。「検察当局からのリーク」であれば、東京地検特捜部の捜査に対応する大手新聞、テレビメディアではなく中国新聞のスクープは考えにくい。

そういう意味でも、今回の中国新聞のスクープは、河井夫妻の刑事事件が、案里氏は当選無効、克行氏は実刑確定で決着した後も、事件の真相を追う取材を続け、極秘で行われたと思える政権中枢の買収資金提供疑惑の捜査について報じた中国新聞の徹底した取材・報道の姿勢によるものであり、ジャーナリズムとして高く評価すべきであろう。

重要なことは、今回の報道によって明らかになった事実について、法律的、政治的に、どのような意味があるのか、どのような影響があるのか、という点である。

まず、今回報じられたメモによって、政権中枢から河井氏側への資金提供の事実があったとの前提で論じてよいか、メモの信ぴょう性について確認しておく必要がある。

この点については、前記の中国新聞記事で、メモの信ぴょう性についての緻密な裏付けが行われている。それに加え、注目すべきは、メモ中の「すがっち500」という記載だ。2020年1月15日に広島地検特別刑事部が行った河井夫妻の自宅の捜索差押では、克行氏の自宅から、県議、市議等の名前と金額、克行氏が「こた」、案里氏が「ぶ」と現金配布の役割分担が書かれたメモが押収されていたことが、克行氏の公判で明らかにされている。夫婦間で、克行氏は「こたぬき」、案里氏は「ぶーぶー」と呼ばれていたことからそのように記載したとのことだ。

「すがっち」というのも、このような河井夫妻の夫婦間での会話での「呼び方」に対応するものだったとすると、メモの信ぴょう性を高める事実だと言える。

法務省サイト、官邸サイトより

政権幹部からの現金提供の「公職選挙法の違法性」の有無

では、この政権中枢から河井夫妻側への資金提供の事実について、法律上どのような問題があるのか、違法性、犯罪性が認められるのか。

まず問題となるのは、河井夫妻が問われた公選法違反との関係である。

ここで重要なことは、選挙運動期間中など、直接的に、投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する事例に限られ、選挙の公示から離れた時期の金銭の授受が、買収罪で摘発されることは殆んどなかった従来の実務からすると、河井夫妻の多額現金買収事件というのは、異例の摘発だったということである。

克行氏らが、「(案里氏に)当選を得させるために」金銭を提供したことが「選挙人又は選挙運動者」に対する「供与」として買収罪に問われるのであれば、その資金の提供者には、「交付罪」が成立する可能性がある。

しかし、河井夫妻による地方政治家に対する現金供与に買収罪を適用することは、従来の公選法の罰則適用の常識からすると、相当ハードルが高かった。この点について、私は、今年3月に公刊した拙著『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』の《第2章「日本の政治」がダメな本当の理由 公選法、政治資金規正法の限界と選挙買収の実態》で、おおむね以下のように述べていた。

検察には、乗り越えなければならない「壁」が二つあった。

第一に、買収者(供与者、お金を渡した者)の河井夫妻側と、被買収者(受供与者、お金を受け取った者)の地元政治家の両者が、「案里氏が立候補する参議院選挙に関する金であること」を否定し続ければ、買収罪の立証は極めて困難だということだ。

判例上、「選挙運動」は「特定の公職選挙の特定の候補者の当選のため直接・又は間接に必要かつ有利な一切の行為」とされているので、特定の選挙のための活動を行うのであれば、「党勢拡大、地盤培養のための政治活動」という性格があっても、「選挙運動者」に当たることは否定できない。「政治資金規正法」上は適法であっても、「当選を得させる目的」で、「選挙運動者」に金銭を「供与」すれば、「公選法」上の「買収罪」が成立することに変わりはない。

しかし、「特定の候補者を当選させる目的」は主観的なものなので、買収者も被買収者も、あくまでその目的を否定し続け、しかも、それが「党勢拡大、地盤培養のための政治活動のための資金」という一応の理屈を伴うものである場合には、目的の立証は容易ではない。

地方の首長・議員には、その地域でまとまった数の支持者、支援者がいる。国政選挙でもかなりの票を取りまとめることができる。しかも、そういう政治家に、特定の候補のための活動を依頼してお金を渡しても、「選挙運動の報酬」ではなく、「政治活動のための費用の支払」であり、「政治資金を渡した」と説明することが可能だ。それは、その種の買収事案の摘発の大きな障害となっていた。

第二に、河井夫妻の買収罪が立証できた場合には、その金を受領した被買収者側の処罰が問題になる。買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。従来の公選法違反の摘発・処罰の実務では、両者はセットで立件され、処罰されてきた。

河井夫妻事件の被買収者の大半が公民権停止になり一定期間、選挙権・被選挙権を失い、現職政治家が失職することになれば、地方政界を大混乱に陥れることになる。そのような事態を招く公選法違反等による刑事立件や刑事処分を極力回避するというのが、従来の検察の姿勢だった。

「二つの壁」をクリアするために検察がとった方法

このように、河井夫妻事件の公選法違反での摘発については、上記の二つの問題があったが、それらを丸ごとクリアする方法として検察がとったのが、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には「処罰されない」と期待させて「案里氏の選挙に関する金であることを認めさせる」方法だった。

検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、「処罰されることはないだろう」との期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と書かれた検察官調書に署名した。

買収罪で逮捕・起訴された克行氏は、2020年9月の初公判での罪状認否で、《「当選を得させる目的」はあったが、そのために「選挙運動」を依頼して金を渡したのではない。あくまで、案里の当選に向けての「党勢拡大」「地盤培養行為」のような政治活動のための費用として渡した金である》と主張したが、2021年6月18日、克行氏に対して、計100人に約2900万円を供与した公選法違反の買収罪で「懲役3年」の実刑判決が言い渡された。2つの問題を乗り越える検察の目論見は、うまくいったかのように思えた。

「被買収者の不処罰」は困難、必然だった取調べでの「不起訴示唆による自白誘導」

しかし、そのような検察のやり方には、もともと無理があった。

克行氏の被告人質問が行われていた頃には、市民団体が検察に提出した、河井夫妻から現金を受領した受供与者(被買収者)の公選法違反の告発状が、すでに受理されていた。河井夫妻の買収罪について有罪判決が出ているのに、被買収者の方は告発を受理しないまま、というわけにはいかない。検察にとっては、告発を受理すれば、起訴不起訴を決定し刑事処分をしなければならない。不起訴にするとしても、「犯罪事実は認められるがあえて起訴しない」という「起訴猶予」しかないが、もともと検察内部の求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の余地はあり得なかった。

告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申立てれば、「起訴相当」の議決が出ることはほぼ確実であり、検察は、その議決を受けて起訴することになる。それによって、公民権停止で失職する現職議員の被買収者側から、「検察に騙された」と激しい反発が生じることは必至だった。

克行氏への一審有罪判決から、半月余り経った7月6日、検察は、被買収者100人について、被買収罪の成立を認定した上で99人を起訴猶予、1人を被疑者死亡で不起訴にしたことを公表したが、告発人が検察審査会に審査申立てを行い、検察審査会は、広島県議・広島市議・後援会員ら35人(現職県議13名、現職市議13名)については、「起訴相当」、既に辞職した市町議や後援会員ら46人については「不起訴不当」の議決を行った。

議決を受け、検察は、「起訴相当」と「不起訴不当」とされた被買収者について事件を再起(不起訴にした事件を、もう一度刑事事件として取り上げること)して再捜査を行い、「起訴相当」とされた広島県議・広島市議ら35人のうち、重病で取調べができない1名を除いて、全員を起訴した(略式手続に応じた25人については略式起訴、買収罪の成立を争うなどして略式手続に応じなかった9人については公判請求)。

検察官の取調べで、被買収者側が、「処罰されることはないだろうとの期待」を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める供述をしたからこそ、河井夫妻を買収罪で逮捕・起訴することが可能になり、河井夫妻の有罪判決が確定したのである。それによって、被買収者側も、結局のところ処罰を免れられなくなった。そういう被買収者側の供述がなければ、そもそも、買収事件の立証は困難だった。

現職国会議員が直接現金で渡したという点は別として、金の流れ自体は国政選挙においては一般的なものであり、それまでは、公選法違反として刑事事件の摘発の対象とされるものではなかった。河井事件での選挙をめぐるカネの流れは、国政選挙における保守政治家のやり方としては一般的なものだったとも言えるのである。

今年7月21日、読売新聞が、「特捜検事、供述を誘導か…河井元法相の大規模買収事件で市議に不起訴を示唆」と大きく報じた。それは、検察官と被疑者とのやりとりを記録した録音データがあることがわかり、それについて、最高検察庁も、「当時の取り調べに問題がなかったか調査する」と答えざるを得なくなったからだ。

この河井事件の取調べでの「不起訴を示唆して自白に誘導するやり方」の発覚に対しては、大阪地検不祥事の「被害者」の村木厚子元厚労省事務次官も、取調べの全面的な録音・録画を求める声明を発表するなど、批判が高まっている。

しかし、検察官の取調べにおいて、そのような「不起訴にすることの示唆」が行われることは、河井夫妻の「多額現金買収事件」を公選法違反事件として立件し、強制捜査に着手した時点で、当然想定されていたことだった。

そのような方法を用いなければ、そもそも河井夫妻の「多額現金買収事件」について「当選を得させる目的」を立証することが困難だったのである。

政権幹部からの資金提供は、公選法違反、政治資金規正法違反には問えない

検察は、「不起訴示唆による自白誘導」という方法を使わないと「当選を得させる目的」が立証できないという苦しい状況だった。そのような検察捜査では、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った疑いを示すメモが押収され、そのような金の流れが疑われても、捜査の対象を政権幹部に拡大することなど到底できなかったと考えられる。

克行氏の逮捕後の取調べでも、メモについて一応話を聞いたのであろうが、本人が、資金提供を受けたことを否定したか、或いは政治活動費の提供だったと説明し、それ以上の追及は行われなかったのであろう。

ということで、河井夫妻が、安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った事実があったとしても、公選法違反に問うことは、もともと困難であった。

では、この安倍政権の幹部4人から河井夫妻への現金計6700万円の供与について政治資金規正法違反は成立しないのか。

この点については、私がかねてから指摘している、現行政治資金規正法では、政治家本人に現金が供与された場合の「闇献金」は違反に問えないという、「政治資金規正法のど真ん中に空いた大穴」が立ちはだかる。

つまり、政治家本人に現金で供与された政治資金は、どの政治団体、政党支部、或いは政治家個人に宛てた寄附なのかが特定できないので、どの政治資金収支報告書の虚偽記載、不記載かが特定できず、結局、違反に問えないのである。(【前掲拙著】第2章 110頁)

結局、「安倍政権の幹部4人から河井夫妻への現金計6700万円の供与」を違反、犯罪に問うことは事実上不可能だった。現行法には、今回明らかになったような「選挙に関する政治家間での不透明な現金のやり取り」に対して、公職選挙法も政治資金規正法も抑止機能をはたしていないという構造的な欠陥があると言わざるを得ないのである。

安倍氏2800万円などの資金提供が表に出ることの政治的影響

しかし、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円が河井夫妻にわたった事実があるとすれば、それ自体が刑事事件として立件できないとしても、結果的に克行氏の現金買収の原資となったとして公選法違反事件の公判で検察官が立証の対象にすることは可能だったはずだ。

違法性・犯罪性までは認められないとしても、もし、克行氏の事件での検察官の冒頭陳述に、安倍氏らからの資金提供の事実が記載されていれば、政治的には極めて大きな影響が生じていたはずだ。

しかし、検察の冒頭陳述には、買収原資についての言及は全くなく、買収資金の原資になった疑いが指摘されていた党本部からの1億5000万円も、克行氏が供述する「自宅においていたタンス預金」の話も、いずれも、冒頭陳述には記載されなかった。

一方で、少なくとも、「タンス預金が原資」との克行氏の供述が全く信用できないことは、その後の公判で明白になっている。

中国新聞は、河井事件の公判を詳細に報じ、証人尋問、被告人質問のほぼ全てを公にしている。

私も、その公判詳報に基づいて、河井事件公判について解説してきた。2021年4月17日に出したYahoo!記事「河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性」の中で、原資に関する河井氏の公判供述について、以下のように述べている。

買収原資についても、検察官の質問には、

「私の手持ちの資金で賄った」

「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」

と供述したが、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問され、「覚えていない」としか答えられなかった。さらに、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった。」と指摘されても「わからない」と述べるだけだった。

結局、「タンス預金が原資」だという克行氏の供述は「語るに落ちた」レベルで、全く信用性がないことは明らかだ。

しかし、一方で、当時から明らかになっていた党本部からの1億5000万円が原資になったことを根拠づける証拠もなかったので、冒頭陳述では原資についての言及がなかったということだろう。

この1億5000万円の使途については、2021年9月22日、自民党の柴山昌彦幹事長代理が、党本部で記者会見し、党本部が河井案里氏陣営に投入した1億5千万円は買収の原資ではなかったと説明した。大半は機関紙やチラシの作成などに使われたとし「1億5千万円から買収資金は出していないという報告があった」と述べた。

結局、買収原資は、克行氏が供述するように「タンス預金」ではないことは明らかであり、自民党の調査結果によると党本部からの1億5000万円も他の用途に使われ、原資になっていない。そうなると、買収資金は、いったいどこからの資金だったのか。

政権幹部からの資金が買収原資になったことは明らか

これらの事実を踏まえると、今回、中国新聞が報じた検察が河井夫妻の自宅から押収したメモに記載された「安倍晋三氏からの2800万円を含め、安倍政権の幹部4人から現金計6700万円が河井夫妻にわたった」とすると、それが克行氏の買収原資に充てられたと考えてほぼ間違いないことになる。

初公判の直後、私は「“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係」と題するYahoo記事で、「本件への安倍首相の関与」に関して、以下のように指摘していた。

検察捜査が本格化する前から、案里氏の参議院選挙の選挙資金として、同じ選挙区の自民党候補溝手顕正氏の10倍の1億5000万円が提供されていたことが明らかになり、その巨額選挙資金提供が、溝手氏に対する個人的な悪感情を持つ安倍首相自身の意向によるものではないかとの憶測を生んでいた。その点に関して、これまでの報道と、弁護人冒陳の内容を対比すると、重要なことが見えてくる。

まず、この点に関して、以下のような事実が報じられている。

(ア)克行氏と安倍首相との面談と近接して、党本部から河井夫妻の政党支部に多額の資金が振り込まれ、それが合計で1億5000万円になっていた。

(イ)安倍首相の秘書5人が、案里氏の選挙運動の応援に、山口から広島に派遣され、「安倍総理大臣秘書」と表現するよう克行氏側からの指示が出ていた。

(ウ)克行前法相が広島県議側に現金を渡した後に、安倍首相の秘書が同県議を訪ねて案里氏への支援を求めていた。

(エ)案里氏の後援会長を務めた繁政秀子・前広島県府中町議は、昨年5月に克行氏に現金30万円を渡された際、克行氏から「安倍さんから」と言われたと証言した。

公認が遅れ、しかも、広島県連が一切応援しないという姿勢であった案里氏の選挙に向けての政治活動が、人的にも資金的にも厳しい状況にあったという実情が、克行氏から自民党本部側に伝えられたからこそ、1億5000万円もの巨額の選挙資金が自民党本部から河井夫妻側に提供されることになったことは明らかであり、それを克行氏から知らされた自民党本部執行部側の人物が、厳しい情勢を乗り越えるために、「相当な資金」が必要になると認識したからこそ、破格の選挙資金の提供が行われた。そして、人的な面の不足を補うために派遣されたのが安倍首相の秘書5人だったと考えられる。

このような状況であった2019年3月の案里氏公認から7月の参院選公示までの間に、(ア)のとおり、公認直後、選挙資金提供の前後という「極めて重要なタイミング」で、克行氏は安倍首相と、「単独で」面談し、(ウ)のとおり、安倍首相の秘書は、克行氏が現金を供与した先に、それと相前後して訪問して案里氏への支持を呼び掛けていた安倍首相の秘書が、検察冒陳で「なりふり構わず」と表現されているような露骨な現金供与のことを認識しなかったとは考えにくいし、克行氏が、現金供与の際、「安倍さんから」などという言葉を漏らしたのも、「安倍首相の名代」として行っているとの認識を持っていたからであろう。

これらの事実を総合すれば、安倍首相が、克行氏が、自民党本部から提供した1億5000万円の選挙資金を実質的原資として行った現金供与とその目的を認識し、容認していたと考えられる。

今回、中国新聞が報じたように、党本部からの破格の選挙資金1億5000万円の提供に加えて、安倍首相個人から2800万円、菅氏からも500万円の資金が提供されていたとすると、上記の1億5000万円は、大半が機関紙やチラシの作成などに使われ、一方で安倍氏や菅氏からの資金が買収資金に充てられた、すなわち、案里氏の選挙活動は自民党本部資金、買収資金は、安倍・菅氏らが秘かに提供した「裏金」によって賄われたということで、事実関係が整合することになる。

前記の(ア)~(エ)に、(オ)として、「安倍政権の幹部4人から計6700万円が河井夫妻にわたった事実」が加わることになる。

それについて刑事事件として立件することは事実上困難だったことは前記のとおりであるが、そのような検察捜査の内情は、政権側では知りようがなかったはずだ。少なくとも2800万円を提供した安倍氏は、当然、その事実を認識しており、検察当局の判断如何で、追加で立件されたり、公判の中で、事実が表面化したりすることを強く懸念していたはずだ。

安倍氏の資金提供の動機と「溝手顕正氏の落選」

安倍氏にとって、さらに深刻な問題は、克行氏側に2800万円もの資金提供を行った動機だ。

克行氏の公判では、その点に関わる重要な事実が明らかになっている。

前記記事で、以下のように述べている。

弁護人質問で克行氏は、

「案里の自民党の二人目の候補としての公認は、2議席確保が目的であり、溝手氏側から票を奪う気も全くなかった。2人当選の目的が果たせなかったので、案里が当選しても『万歳三唱』すらやらなかった」

などと供述していた。また、「2議席確保」は、憲法改正の発議のために参議院で3分の2を確保することが目的だったことを強調した。

検察官は、克行氏が、ブログでの発信を請け負う業者に宛てたメールの文面について質問した。

「期待していた通り、溝手顕正が失言してくれました。どうすれば拡散できるのか、アングラな方法がいいのではないか、あるいは、懇意な記者に伝えましょうか」という文面で、溝手氏に関する悪い噂をネットで流すことを依頼する内容だった。業者側が情報源がバレないか心配しても、「よろしくお願いします、どしどしやって下さい」と、溝手氏の悪い噂の拡散を重ねて依頼するメールを送っていた。

そして、さらに、「溝手氏から票を奪う気も落選させる気も全くなかった。」との克行氏の供述について、以下のように述べている。

しかし、「溝手氏の票を奪う気はなかった」とする克行氏の供述は全く信用できないことは、事務所関係者が、(克行氏が)「建前は自民党2議席だが、溝手さんの票を取れるだけ取ってと相談をしていた」(【第38回公判】)、「代議士は『溝手を通さんでもいい。案里が通ればいい』と大声できつく言っていた」(【第40回公判】)などと証言していることからも明らかであり、検察官の質問で示された克行氏のメールの「期待していた通り、溝手顕正が失言」との記載からは、溝手氏から票を奪い、案里氏を当選させて、溝手氏を落選させようとしていたことが強く疑われる。

この点に関連して、憲法改正発議のために、2人目の公認候補として案里氏を擁立したと強調しているのも、「溝手氏を落選させる意図」を否定するための「作り話」であろう。

同様の参議院の2人区のうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が野党候補にダブルスコア以上で圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城である。

2019年参院選の茨城では、立憲民主党と国民民主党との間で候補者調整が難航し、候補者の確定が大幅に遅れた上、国民民主党は推薦を見送るなどし、選挙結果も、自民党候補が5対2の得票での圧勝だった。

2人目候補を擁立した場合の2人の当選確率は高かったと思われる茨城では、その動きが現実化することはなかったが、その一方で、なぜ、広島では、県連の強硬な反対を押し切ってまで2人目の公認候補を擁立しようとしたのか。憲法改正の発議のためとは到底思えない(そもそも、衆議院が小選挙区制となった直後の1998年参院選を最後に、自民党の参院地方区の2議席独占は全くない)。

克行氏が、「なりふり構わず」、地方政治家に多額の現金供与を行ってまで案里氏を当選させようとした動機が、「自民党公認候補2人当選」ではなく、「現職溝手顕正候補の落選」にあったことは明らかである。

安倍氏は、そのような克行氏の側に、下関の地元事務所から5人の秘書を選挙応援に派遣していただけでなく、2800万円の「裏金」を提供し、それが買収原資に充てられていた。安倍氏がそこまでして案里氏を当選させようとしたのは、過去の言動から強烈な私怨を抱いていた溝手氏が再選を果たすことで、参議院議長という首相にも対抗できる地位に就任することを阻止するためだった可能性が高い。

そのために、違法行為も厭わず、あらゆる手段を講じて、その政治家を落選させようとしたとすれば、首相辞任が避けられないだけでなく、憲政史上最長の在任期間を誇った安倍氏の政治家としての評価も地に堕ちることにつながる。

今回、中国新聞が、河井夫妻の自宅から押収されたメモに基づいて報じた事実は、2020年8月28日の安倍晋三首相の突然の退陣表明、第2次安倍政権の終焉が、実は、その直前に初公判が開かれた河井夫妻事件に大きな影響を受けていたという、平成から令和に移り変わる時期の日本政治の「隠された重大事実」を歴史の闇から浮かび上がらせることになる。

克行氏は「歴史の法廷」で証言すべき

安倍元首相は、河井事件への関与について、何一つ語ることなく、河井夫妻の初公判の直後、首相退陣を表明、その約2年後の7月8日、参議院選挙の応援演説中に、統一教会に恨みを持つ山上徹也の銃撃に斃れた。そして、その是非について国論を二分した末、岸田文雄首相の判断により、吉田茂元首相以来戦後2回目の「国葬」が営まれた。

河井克行氏は、2020年6月18日、懲役3年の実刑判決を受け、控訴したが、同年10月21日に、控訴を取り下げ実刑判決が確定し、服役した。

それから間もなく2年、来年には出所することになる。

この事件が表面化して以降、私は、河井克行氏にとって、洗いざらい真相を語ることこそが政治的・社会的復権を果たす唯一の方法だと、繰り返し述べてきた(2020年5月2日「河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破”」、(2021年6月23日「実刑3年・保釈却下で追い詰められた河井元法相、控訴審での“真相告白”に「一縷の期待」」など)。

しかし、これまで、安倍氏の関与について、何一つ語ることはなかった。

実刑3年の判決で、刑事裁判は決着し、服役した克行氏は、事件の責任のほとんどを自ら負った。しかし、社会的・政治的に極めて重大な影響を及ぼした事件の当事者として真相を世の中に明らかにする責任は何一つ果たしていない。

出所後の克行氏が、服役中に中国新聞の報道で明らかになった「安倍政権の幹部4人から計6700万円が河井夫妻にわたった事実」について、敢えて真相を語ること、それは、法務大臣も務めた政治家河井克行氏の「歴史の法廷」への証言義務と言うべきであろう。