ウクライナのゼレンスキー大統領は、自国を軍事侵略し、軍事施設だけではなく、民間施設や産業インフラを破壊し、占領地から子供を拉致するロシアのプーチン大統領を「戦争犯罪人」、「テロリスト」と最大級の非難を込めて批判してきたが、ゼレンスキー氏の批判を問題視する国もメディアもない。プーチン氏に全ての落ち度があることが明らかなうえ、人道的観点から見てもその批判は妥当だからだ。
ウクライナとロシアは戦争当事国だから、その国の政治家が発する言語も戦時用語となるのは致し方ないが、そうではない場合(平時の場合)、外相や外交官は他国の政治家と接する時、たとえ自分とは政治信条が別としても最低限の礼を忘れないものだ。
外相がその外交慣習を忘れて相手国の指導者を「独裁者」と呼べば、外交交渉は始まる前から行き詰ることが予想される。その危険性を無視してドイツのベアボック外相は中国の最高指導者習近平国家主席を「独裁者」と呼んだのだ。中国側は独外相の発言を問題視し、「公然とした政治的挑発だ」と反発し、中国外務省はドイツのパトリシア・フロール大使を呼びだして抗議している。
ベアボック外相(「緑の党」出身)は14日、テキサスを訪問中に米国のFox Newsとのインタビューに応じ、ウクライナの戦争について、「ロシアのプーチン大統領が戦争に勝った場合、中国の習近平国家主席のような他国の独裁者たちにとってどのようなシグナルを送ることになるだろうか。だからこそウクライナはこの戦争に勝たなければならないのだ」と述べている。
参考までに、習近平国家主席を「独裁者」呼ばわりをしたのはベアボック外相が初めてではない。バイデン米大統領も6月、習近平主席を独裁者呼ばわりしたことがある。その時も中国側は反発したが、米国が大国であること、バイデン大統領の問題発言はこれが初めてではなく、一部では高齢による認知症的兆候と診断されていることなどを考慮したのか、その反発は時間の経過と共に収まっていった。
ベアボック外相の発言について、ドイツ国内の反応はいたって冷静だ。ショルツ首相(社会民主党=SPD)はコメントしていないが、ヴォルフガング・ビュシュナー政府副報道官は、「明らかな点は、中国が共産主義の一党制で統治されていることであり、これは民主主義の理念には合致しない」と説明している(独週刊誌ツァイト・オンライン9月18日掲載)。
このコラム欄で紹介したが、SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の3党から成るショルツ連立政権の中で、ベアボック外相の外務省とショルツ首相の首相府との間で対中国政策では常に対立してきた。例えばハンブルク港のコンテナターミナルの運営会社に中国国営船会社Coscoが参入する問題ではベアボック外相は反対したが、ショルツ首相は最終的には中国側が取得する株式の割合を落とすことで承認した経緯がある(「独『首相府と外務省』対中政策で対立」2023年4月21日参考)。
「緑の党」は、ロシア軍のウクライナ侵攻(2022年2月24日)以来、従来の平和政党の看板を下ろし、ウクライナへの武器供与を積極的に支持、過去の対ロシア関与政策の見直し、厳格な対中政策などを実施してきた。ベアボック外相は、「SPD主導の過去の対ロシア、対中国政策を2度と繰り返すべきではない。その外交路線はドイツをロシア、中国に依存させる結果となり、わが国を恐喝することを可能にさせてきた」と発言しているほどだ。
ドイツの対中国政策では、FDP党首のリンドナー財務相も厳しい。同財務相は4月末に開催された党大会で、「ドイツ経済は中国からの経済的自立を推進していかなければならない」と指摘し、ドイツ政府の過去の中国政策を「間違いだった」とはっきり述べている(ドイツ民間ニュース専門局ntv)。そのこともあってか、5月開催予定のドイツ・中国間の政府間協議が延期されたことがあった(「リンドナー独財務相の『中国体験談』」2023年5月10日参考)。
ちなみに、FDP所属のシュタルク=ワッツィンガー連邦教育・研究相が3月21日、ドイツ連邦政府メンバーとして1997年以来26年ぶりに台湾を訪問した。駐独中国大使館は当時、「国家主権と領土保全、そして中国の核心的利益を守るという中国の決意を過小評価してはならない」と警告を発したほどだ(ドイツ連邦議員団が昨年秋、既に台湾を訪問している)。
ドイツは輸出大国であり、中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している。昨年第4四半期以来、マイナス成長を続けるドイツ国民経済は目下、リセッション(景気後退)にある。それだけに、中国側がベアボック外相の発言を受けて、ドイツに対して経済制裁のカードをチラつかせる可能性も考えられる。
中国では1949以来、中国共産党が統治している。自由な選挙や「言論・報道の自由」、三権分立、法の支配は存在しない。習近平国家主席は3期目の任期を獲得し、中華人民共和国の創設者・毛沢東と同じように終身指導者の道を歩みだしてきた。どうみても、習近平氏は独裁者のカテゴリーに入るといわざるを得ない。事実だけに他国の政治家から指摘されれば、怒り出したくなるわけだ。ベアボック外相発言に対する中国側の異常な反応はその事を端的に物語っている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。