エリコ近郊の遺跡「世界遺産」に登録

パリに本部を置く国連教育科学文化機関(ユネスコ)は17日、サウジアラビアの首都リヤドで開催された会合で、古代都市エリコ近郊の遺跡(テル・アッスルターンの遺跡)を世界遺産に認定した。

それに対し、予想されたことだが、イスラエルから批判が出ている。イスラエルは2019年にユネスコが反イスラエル政策を行っているとして離脱したが、リヤドの会合にはオブザーバーの資格で参加していた。

世界遺産に登録されたエリコ近郊の遺跡(テル・アッスルターンの遺跡)ユネスコ世界遺産センター公式サイトから

「エリコ(英語ジェリコ)近郊の遺跡のユネスコの世界遺産登録」という外電を読んで直ぐに、旧約聖書に登場する「エリコの話」を思い出した。イスラエルがカナン入りした後、モーセの後継者ヨシュアがエリコを占領しようとしたが、エリコの城門は堅く閉ざし、誰も出入りできなかった。イスラエルの神のみ言葉に基づき、ヨシュアは「契約の箱」を担いで7日間城壁の周りを回った後、角笛を吹くと、その「エリコの城壁」が崩れたという話だ。聖書では「エリコの戦い」といわれている(旧約聖書『ヨシュア記』第6章)。

エリコは死海の北東約8キロメートルに位置する。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区の町エリコは、紀元前1万年には人が住んでいたといわれ、世界最古の都市という。人口は現在1万6000人だ。

イスラエル外務省の報道官は、ユネスコの今回の決定を「パレスチナ人によるユネスコの皮肉な利用とユネスコの政治化の新たな兆候だ」と批判し、「友好国の援助を得て、誤った決定を変えるために取り組む」と述べている。

エリコ近くの考古学的遺跡はヨルダン川西岸南部にあり、イスラエルが1967年に他の地域とともに征服した地域だ。パレスチナ人は、「アラブ人が支配するエルサレム東部を首都とするパレスチナ独立国家である」と主張してきた。

パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は17日のユネスコの決定を、「極めて重要だ。それはパレスチナ人民の信頼性と歴史を証明するものだ」と歓迎し、「パレスチナ国家は人類の利益のためにこのユニークな場所を保存することに尽力している」と強調している。

旧約聖書に関連した遺跡が世界遺産に登録されることはうれしいが、イスラエルとパレスチナが対立し、ユダヤ人とパレスチナ人が共存できない現在、エリコ近郊の遺跡のユネスコの世界遺産登録は紛争を先鋭化させる遠因となる危険性は排除できない。

興味深い点は、神の命を受け、エジプトで奴隷生活を強いられていたイスラエルの民60万人を率いて、モーセが神の約束の地カナン(現在のパレスチナ周辺)に向かう話は旧約聖書「出エジプト記」に記述されているが、不思議なことは、モーセの足跡を裏付ける考古学的な発見はないことだ。

そのため、モーセはイスラエル人が考え出した仮想の人物ではないか、といった憶測さえある。また、イスラエル人は「出エジプト」をしたのではなく、パレスチナ人が住んでいた地域で少数民族だったが、民族の威信を高揚するために「エジプトの地から出国してカナンに入った」という神話が必要だったのではないか、という学説を唱える考古学者もいるという。

イスラエル人にとって聖書の人物ではダビデ王が最も尊敬されているが、モーセはダビデ王に次いで人気がある。ちなみに、ダビデ王が実際に生存していたのかは久しく考古学者の間で議論されたが、ダビデ王の居住地と思われる遺跡が発見されて、ダビデ王が実際に生存していた人物であったことが証明された。しかし、モーセに関連する遺跡(墓を含む)はいまだ発見されていないのだ。モーセの「出エジプト」に関連する遺跡が発見されれば、最大の考古学的発見となることは疑いないだろう。

ちなみに、独週刊誌ツァイト18日(オンライン版)によると、ユネスコのサウジ会合でドイツのテューリンゲン州の首都エアフルトにあるユダヤ中世遺産が世界文化遺産リストに追加されたと報じていた。新しい世界遺産には、旧シナゴーグ、ミクヴェと呼ばれる中世の儀式用浴場、エアフルト旧市街にある歴史的な住宅建築であるストーンハウスが含まれている。ドイツのユダヤ文化遺産が世界遺産に認定されたのは2度目だ。

エアフルトの旧シナゴーグは1094年に建設が始まり、屋根まで保存されている中央ヨーロッパ最古のシナゴーグの1つと考えられている。1349年のポグロムの際、シナゴーグ周辺のユダヤ人地区が放火され、約1000人のコミュニティメンバー全員が死亡した。その後、シナゴーグは倉庫に改装され、19世紀後半からはレストランとダンスホールとして使用された。1998年にエアフルト市がこの家を購入し、改装し、現在は博物館だ。中世のエアフルトでのユダヤ人の生活状況が展示されている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。