セブン&アイから「アイ」がなくなる日

関谷 信之

そごう・西武の売却は、ストライキ翌日という最悪のタイミングで実施された。

だが、買収側(米ファンド フォートレス・インベストメント・グループ及びヨドバシカメラ)に動じる気配はない。当然だろう。彼らが欲しかったのは「土地」だ。「従業員」ではない。

西武池袋本店

売却側のセブン&アイも、そごう・西武の従業員をぞんざいに扱った。組合に対し売却後の事業計画案を説明したのは、フォートレスへの売却が確定し8ヶ月を過ぎてから。スト権が確立された後だ。セブン&アイ社外取締役の中には、

「労組のストに屈するのは時代錯誤」

と意見する者までいたという。

セブン&アイが、冷遇したのは従業員だけではない。セブン&アイの井阪隆一社長は、スト権確立直後に、そごう・西武の――生え抜きの――社長だった林拓二氏を解任。その数週間後には、井阪氏に批判的だったそごう・西武副社長 山口広義氏を辞任に追い込んでいる。

粗い対応は、ある意味当然とも言える。セブン&アイは、物言う株主(アクティビスト)から「イトーヨーカドー」及び「そごう・西武」を分離し、コンビニ事業へ専念することが求められているからだ。「イトーヨーカドー」は死守したい。だから、早々にそごう・西武を決着させたい。今回の売却は、アクティビストたちの矛先を転じるため。そごう・西武は、いわば「人身御供」だ。

2000億円を超える額で買った企業とは思えない雑な売り方である。そもそも、なぜセブン&アイはそごう・西武を買収したのだろうか。

セブン&アイがそごう・西武を買収した理由

その理由は極めて感情的なものだ。一言でいうと

「百貨店に憧れていたから」

である。顧客は優良な富裕層。都心一等地の店舗。文化度の高い催事。百貨店は小売業の頂点だ。買収を主導した、セブン&アイCEO(当時)の鈴木敏文氏にとっても、憧れの存在だったはず。その気持ちを満たせるうえ、コンビニから百貨店まで網羅する「総合小売企業」になることができる。

ビジネス面で考えても、そごうと西武を合わせた売上高9451億円は業界第2位(2005年度時点)。3位の三越に1000億円以上水をあけ、1位高島屋にはあと450億円に迫る。斜陽産業といわれる百貨店業界とはいえ、この収益力は魅力的だ。

再建の自信もある。セブンイレブンではおにぎりや弁当など独自商品を開発し成功させた。「セブンプレミアム」という強力なプライベートブランドも確立した。顧客の側に立って、新しいものを創造すれば、伸び悩む業界であっても再び成長させられるはず。

「経営は皆同じ。百貨店立て直しが難しいなんてことはない」

こうして、そごう・西武を買収した鈴木氏は、自身の成功体験に基づき、次々とプライベートブランドを発足させていく。

鈴木氏の持論

2009年には衣料品の「リミテッドエディション」。2015年には衣料品の「SEPT PREMIERES(セットプルミエ)」、デザイン雑貨の「BY.N(バイエヌ) STORE」など。

セブン&アイ 四季報2015年129号より

これらプライベートブランドで、著名デザイナーが手がけた衣料品や雑貨を、百貨店より安く、スーパーより高く販売する。

デザイナーは錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。衣料は、シャネルのデザイナーである「カール・ラガーフィールド」氏や、マドンナの舞台衣装をデザインした「ジャン・ポール・ゴルチエ」氏。デザイン雑貨は、後に「ローソン」のプライベートブランドパッケージデザインを手がける佐藤オオキ氏。

この新しいブランドは、そごう・西武だけではなく、イトーヨーカドーにも展開された。これは、鈴木氏の

「今は、1人のお客さまが、コンビニにもスーパーにも百貨店にも行く。『業態』にとらわれているのはおかしい」
「お客さまが『よいと感じるだろうな』と思うこと、『便利だろうな』と思うことをやれば支持される」

セブン&アイが展開する、買い手市場の時代に売るための戦略とは | セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木敏文 | ダイヤモンド・オンライン

という持論――業態否定論と自主マーチャンダイジング(自主商品開発)――に基づくものだ。

だが、売上はピーク時100億円に達したものの、17年2月期には60億円(リミテッドエディション)へと縮小、鈴木氏退任後にこれらプライベートブランドは廃止されていく。なぜ、結果を出せなかったのか。

立て直せなかった理由

理由は、食品に当てはまった「業態にとらわれない」という鈴木氏の持論が、食品以外には当てはまらなかったこと。プライベートブランドの品質が、(鈴木氏の言う)『よいと感じる』レベルに達していなかったことだ。

鈴木氏は「1人のお客さまが、コンビニにもスーパーにも百貨店にも行く」という。確かに「行く」のだが、買う品は異なる。

高級感があり信頼できる百貨店だからこそ、高額な品を安心して購入できる。観光地だからこそ、不要な土産物を買ってしまう。イベント会場だからこそ、大量のグッズを買いまくる。購買には「場の雰囲気」が大きく影響する。つまり客は「業態にとらわれる」のだ。

6千円前後のコートが大量に陳列されるスーパーで、6万円のモヘア素材のコートに魅力を感じるだろうか。300円のスリッパが並ぶ日用品フロアで、5千円弱の「デザインスリッパ」を買う気になるだろうか。

筆者は、当時これらのプライベートブランドショップを訪れたことがある。

最初に感じたのは「懐かしさ」。著名デザイナーの服が持て囃されたのは80年代のDCブームのころ。その頃から20年以上経っている。懐かしい。悪く言えば「古臭い」。そんな印象を受けた。

あくまで「1人の客」としての主観だが、ゴルチェデザインのスカーフやコートは着回ししづらく、ややチープにさえ感じた。ミュージアムショップを彷彿させる雑貨店には、何一つ欲しいものが無い、いや、何に使うのかさえわからないものばかり。(鈴木氏の言う)「良いと感じる」レベルでは無かったように思う。

残念ながらプライベートブランドは不発に終わり、百貨店再生の切り札とはならなかった。
当時の鈴木氏は、「セブンプレミアム」に費やしたような強い「執念」を、衣料品に対しては持てなかったのではないだろうか。

一方、そごう・西武再建を受け継いだセブン&アイの現経営陣には、「執念」どころか、百貨店という業態に興味があったかどうかさえ疑わしい。

百貨店への無理解

「なぜヨドバシカメラの横にルイ・ヴィトンがあってはいけないのか」

セブン&アイの井阪社長は、このような発言をしたという。

ルイ・ヴィトン ジャパン プレスリリースより

気軽に立ち寄れる家電量販店と、贅沢な空間作りに拘るブランド店の違いに気づけない。ルイ・ヴィトン西武池袋店が昨年10月にリニューアルしたばかりということを考慮しない。こういった無理解が関係者を苛立たせる。クレディセゾン会長の林野宏氏は、

「あなたはコンビニしかしらないコンビニ野郎だ!」
「(百貨店)の売場はコンビニの棚のように簡単には動かせないんだよ!」

と怒鳴りつけたという。報道で自店舗(ルイ・ヴィトン 西武池袋店)の移転計画を知ったLVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン・ジャパン)社長のノルベール・ルレ氏も、不快感を示す。

「(店舗移転について)説明はない」
「説明されたとしても、この場所で続けたい」

強引な店舗移転案はルイ・ヴィトンを始めブランドとの信頼関係を悪化させる。撤退するテナントも出てくるだろう。そごう・西武のイメージを低下させ、いま百貨店の売上回復を牽引している「外商」への悪影響も避けられない。

がさつなM&A

従業員軽視、百貨店経営の無理解、テナントへの無配慮。こういった雑な対応からわかるのは、セブン&アイはもちろん、引き継ぐフォートレス(ヨドバシカメラ)も、そごう・西武を再生する気はない、ということだ。

そごう・西武の「従業員」たちは、それぞれの時期の経営陣が立案した経営戦略に沿って粛々と仕事を進めてきた。そんな彼らがストに踏み切ったのは、雇用不安だけではなく、自分たちが軽んじられていることに我慢ならなかったからではないだろうか。

アイの無いセブン&アイ

9月15日、イトーヨーカドーが、従業員2500人規模のリストラを計画していることがスクープされた。

セブン&アイは先月28日に、そごう・西武の余剰人員の受け皿になることを発表したばかり。他社傘下の従業員を受け入れつつ、自社傘下の従業員をリストラする事態となれば、イトーヨーカドー労働組合の反発は避けられない。

セブン&アイ創業者の故伊藤雅俊氏は著書で以下のように述べている。

「人の会社を乗っ取るのは嫌だ。異なる企業文化で育ってきた人を受け入れたら、経営理念が薄まる」

「何百人、何千人というリストラを簡単に実行することに違和感を覚える。対象となった人たちの人生はどうなるのか」

ひらがなで考える商い 伊藤雅俊著(日経BP社)

伊藤氏の否定することを実施し、失敗し、反発を招いているように見える現在の「セブン&アイ」。

社名に含まれる「アイ」は「イトーヨーカドー」と「innovation」、そして「愛」を表すものだという。そごう・西武と同じ雑なやり方で、祖業「イトーヨーカドー」の従業員をリストラするのであれば、もはや「アイ」はない。アクティビストたちの思惑通り、コンビニ企業「セブン」の誕生が早まることになるだろう。

【参考】