イスラエルとサウジ両国、関係改善へ

当方は2017年11月26日、「サウジアラビアとイスラエルが急接近」という見出しの記事をこのコラム欄で書いた。あれからほぼ6年が経過したが、両国には本格的な関係改善の動きが始まっている、という外電が流れてきた。

サウジのムハンマド皇太子(2016年) Wikipediaより

サウジの実質的統治者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子は20日、米放送局FOXニュースとのインタビューの中で、「わが国とイスラエルは関係正常化への道を進んでいる。両国は日に日に近づいている」と述べた。そして、イスラエルとの合意が実現すれば、「冷戦終結以来、最大の歴史的合意だ」と表現している。

2017年11月段階ではサウジのイスラエル接近の背後にはイランの脅威が大きかった。サウジといえば、イスラム教スンニ派の盟主を自認し、イランはイスラム教シーア派の代表格だ。両国間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いを1300年間、中東・アラブ諸国間で繰り広げてきたライバル関係だ。

イランはシリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐し、奪われた領土の奪還に成功。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンでは、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラが躍進してきた。イラクではシーア派主導政府に大きな影響力を行使してきたことは周知の事実だ。

一方、サウジはイランが中東の覇権を奪い、ペルシャ湾から紅海までその勢力圏に入れるのではないか、といった不安が強かった。サウジのムハンマド皇太子は米紙ニューヨーク・タイムズとのインタビューの中でイランへの融和政策の危険性を警告し、イランの精神的指導者ハメネイ師を「中東の新しいヒトラー」と酷評した。

そのサウジは当時、イスラエルに急接近していった。両国の“共通の敵”イランの存在があったからだ。イスラエル軍のガディ・エイゼンコット参謀総長は当時、サウジの通信社Elaphとのインタビューに応じ、「イスラエルはサウジと機密情報を交換する用意がある。両国は多くの共通利益がある」と述べていたほどだ。

しかし、サウジとイスラエル両国の関係改善が遅々として進まない中、サウジは中国の仲介を受けて宿敵イランとの関係正常化に乗り出してきた。両国は今年3月、両国関係の正常化で合意した。一方、中国がサウジとイラン両国の関係正常化の仲介役を演じるなど、中東地域で影響力を拡大してきたことに警戒する米国側はここにきてそのサウジとイスラエルの関係改善の仲介に力を入れ出してきた、というわけだ。

米国はサウジとイスラエル両国の接近について協議が行われていることを認めている。米メディアによると、米国はサウジにイスラエルを承認し、その見返りに米国の安全保障を受け、民間核計画の立ち上げを支援する一方、イスラエルにはパレスチナ人問題の解決を強く要求しているという。

イスラエルのネタニヤフ首相は20日、バイデン米大統領との会談で、「サウジとの歴史的平和は手の届くところにある」と語り、「そのような和平は、まず第一に、アラブ・イスラエル紛争の終結をもたらし、イスラエルとパレスチナ人の間の真の平和に大きく貢献すると信じている」と述べている。

中東でアラブ・イスラム教国に取り囲まれているイスラエルは過去、エジプト(1979年)とヨルダン(1994年)との外交関係しかなかったが、トランプ政権に入って2020年9月15日、アラブ首長国連邦(UAE)とバーレン、そして同年10月23日、スーダンとの外交関係を樹立。同年12月に入ると、モロッコと国交正常化に合意するなど、アラブ・イスラム諸国との関係を急速に深めていった。サウジとの関係正常化はイスラエルにとって残された最大の外交目標となった。

イスラエルとサウジの間には多くの未解決の問題がある。最大のハードルはやはりパレスチナ問題だ。ムハンマド皇太子はテレビインタビューで、「合意はイスラエルとパレスチナ人の対応に大きく左右される」と強調することを忘れていない。サウジアはパレスチナに対する最大の援助国だ。

ところで、サウジ側の要求であるパレスチナ問題の解決にはイスラエル側の譲歩が不可欠となる。しかし、「史上最も保守的なイスラエル政権」と呼ばれるネタニヤフ現政権にとってそれは容易ではない。ネタニヤフ首相はサウジとの合意を実現するために政権内の右派宗教政党に譲歩を強制できるか否かは不確かだ(「『オスロ合意』30年と関係者の証言」2023年9月13日参考)。

ネタニヤフ首相がサウジとの関係正常化を願うならば、内閣改造を実施し、過激な宗教右派政党に代わって野党との新しい連合に乗り出す道も考えられる。ただし、司法改革法案で国内では大規模な抗議デモが行われている時だけに、ネタニヤフ首相にはそのような政治決断を下す余力があるかは疑わしい。

サウジは現在、イランとも関係正常化を目指しているが、イランの核武装問題が控えている。スンニ派の盟主を自認するサウジはシーア派の代表イランの核武装化は絶対に容認できない。ムハンマド皇太子はインタビューの中で、「イランの核武装は悪い一歩。もしテヘランが核爆弾を手に入れたら、サウジも同じことをしなければならなくなり、地域全体での核軍拡競争をもたらすだろう」と警告を発している。

サウジは現在、イランとの関係正常化だけではなく、イスラエルとの関係樹立を模索している。サウジの外交がここにきて活発化してきた背景には、ムハンマド皇太子を取り巻く政治環境が整ってきたことが挙げられる。

同皇太子はこれまで反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害問題(2018年10月)で関与を疑われ、西側社会ではペルソナ・ノン・グラータ(招かれざる客)であり、国際外交の世界ではアウトサイダーだった(「『ハッジ』のボイコットを叫ぶ声」2019年8月9日参考)。

しかし、バイデン米政権がトルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で起きたカショギ氏殺害事件を重視、人権蹂躙事件として関係者の制裁を実施したが、ムハンマド皇太子をその制裁リストから外した。この結果、同皇太子は外交的孤立を脱出し、国際政治の舞台で積極的に打って出るチャンスが出てきたわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。