貧しい子供は昼食にハンバーガーを

王妃マリー・アントワネット(1755年~93年)が、「貧しくてパンが食べられないなら、ブリオシュ(お菓子)を食べればいい……」といったという。貧しい人々の生活をまったく知らず、贅沢な生活を送っていた王妃のこの発言はフランス革命の引き金ともなった、といわれている(同発言は実際は王妃の言葉ではなかった、という説が有力)。

国民党の新しい政治プラカード「オーストリアを信じよう」(国民党公式サイトから)

ところで、これからの話はマリー・アントワネットの出身地オーストリアの2023年7月末のことだ。カール・ネハンマー首相は、「貧しくて暖かい昼食が食べられない子供はマクドナルドでハンバーガーを食べられる。1個1ユーロ40セントだ。お腹がすいていたらフライドポテトをつければ、3ユーロ50セントで食べられる」と発言したのだ。

同首相はハンバーガーが1ユーロ40セントで食べられると言ったが、どんなに安いハンバーガーでも現在2ユーロは超えるし、フライドポテトをつけて3ユーロ50セントは子供にとって安くはない。貧しい家庭の子供にとってはかなり贅沢だ。月給2万ユーロの給料を得ているネハンマー首相はファーストフードの値段を知らないのではないか、と疑いたくなる。

ネハンマー首相の発言は今年7月末、ザルツブルク州のハラインで首相が党首を務める「国民党」関係者、支持者が集まった席で飛び出した。首相が同発言をするシーンを放映したビデオが9月27日、SNSで拡散し、大きな物議を醸し出したわけだ。

問題は、貧しい子供とハンバーガーの話だけではなく、「介護の責任がないにもかかわらずパートタイムで働く女性」を名指しで批判的に語ったため、家庭と職場、そして子供の世話で多忙な女性層から強い反発が起き、ネハンマー首相の2カ月前の動画での発言は政治問題に発展してしまったのだ。

首相のハンバーガーの話が報じられると、野党の社会民主党、自由党、ネオスが一斉に首相の発言を批判、カリタスなどの慈善団体代表まで首相の発言を非難する、といった大騒ぎとなった。

ネンハマー首相の発言が大騒ぎとなった背景には、与野党が来年秋の議会選を控え、既に選挙戦モードとなっていることがある。同国では、欧州連合(EU)の平均より高いインフレ、エネルギー価格の高騰、住居費の急騰で多くの国民は生活苦に陥っている。

「国民党」と「緑の党」のネハンマー連合政権への批判が高まっている一方、世論調査では極右政党「自由党」がトップを独走といった同国の政情は選挙前夜の様相を深めている。そんな時、ネハンマー首相の動画が飛び出したのだ。野党はネハンマー首相に「冷酷な首相」のイメージを植え付けるチャンスと受け取っている。

動画での発言が大きな波紋を広げていることを受け、ネハンマー首相は28日、「オーストリアには温かい食事が食べられない子供がいるという人は、この国に悪い印象を与えていることになる。私は子供の昼食まで政府が管理する旧東独のような国であってほしくない。国民は一人一人、仕事や子供の養育に責任を持って対応すべきだと考えている」と主張し、発言内容を謝罪せず、「個々の努力とその成果を評価する国であってほしい」と説明した。「攻撃が最大の防御」というわけだ。

与党「国民党」は首相を擁護する一方、「私的な集会での首相の発言がどうしてSNSに流れたのか」という点を問題視している。オーストリアの政治学者トーマス・ホファー氏は28日、オーストリア国営放送の夜のニュース番組で、「わが国の政治家は政治家である以上、プライベートというものはないことを理解すべきだ」と指摘し、「首相が如何なる私的な場所で発言しても21世紀の今日、ソーシャルネットワークで直ぐに報じられてしまうことを忘れてはならない」と警告を発していた。

日本では、池田勇人首相(在任1960~64年)が「貧乏人は麦を食え」と発言して、国民から叩かれたことがあった。オーストリアのヴォルフガング・シュッセル首相(在任2000~2007年)は「貧しい国民への思いやりが乏しい」と指摘され、冷たい首相というイメージがあった。その結果、同首相は再選できなかった経緯がある。

貧しい子供に温かい昼食としてハンバーガーを勧めたネハンマー首相がシュッセル氏と同じ運命となるかは不明だが、野党が今回の首相の動画を攻撃材料として選挙戦で利用することは間違いないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。