スロバキア議会選からの「警告」

9月30日に実施されたスロバキア議会の繰り上げ選挙(一院制、定数150)で、ロバート・フィツォ元首相が率いる野党「社会民主党(スメル)」が第1党にカムバックした。

同国選挙管理委員会が集計率99%の段階で公表した投票結果によると、野党「スメル」(スロバキア社会民主主義に向けて=Smer-SSD)が得票率23.3%を獲得した。欧州連合(EU)副議会議長ミハル・シメツカ率いるリベラル政党「進歩的スロバキア」は、得票率約17%で2位に留まった。この結果を受け、選挙後「スメル」主導の組閣工作が開始されるが、連立交渉は難航すると予想されている。

議会選で勝利し、政治カムバックしたスロバキアのフィツォ元首相(2023年9月30日、オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

スロバキア総選挙では、ウクライナ支援を継続するか、中止するかで主要政党間で対立してきた。特に、今回第1党になった「スメル」のフィツォ元首相はウクライナへの武器供与に反対を表明してきた。それだけに、EUのウクライナ支援の継続路線にまた新たなハードルが生まれた、と受け取られている。ちなみに、スロバキアはロシアのウクライナ侵攻以来、積極的にウクライナを支援、EU加盟国で初めて旧ソビエト製ミグ29戦闘機をキエフに提供してきた。

フィツォ氏は2006年から2010年、そして2012年から2018年まで首相を務めた。2018年にジャーナリストのヤン・クシアク氏とその婚約者が殺害された事件を受けて、イタリアのマフィアとフィツォ首相の与党の関係が疑われ、ブラチスラバの中央政界を直撃、国民は事件の全容解明を要求して、各地でデモ集会を行った。フィツォ首相(当時)は2018年3月15日、辞任を余儀なくされた経緯がある(「スロバキア政界とマフィアの癒着」2018年3月17日参考)。

その後のスロバキアの政情は腐敗とカオスの状況が続いた。フィツォ首相の後継者に同じ社会民主党系「スメル」からペレグリニ副首相が政権を担当、スメル主導の連立政権を継続した。ただし、2020年2月に総選挙が行われ、マトヴィチ党首率いる「普通の人々」、「我々は家族」、「自由と連帯」、「人々のために」の4党から成るマトヴィチ首相率いる新政権が発足した。

しかし、連立政権内で対立が生じ、マトヴィチ首相は辞任。ヘゲル新政権が発足したが、少数派政権となって2022年12月、内閣不信任案が可決され、総辞職に追い込まれるなど、今年9月の繰り上げ総選挙実施までスロバキア政権はドタバタ劇が続いてきた。

5年前のジャーナリスト射殺事件の引責で辞任に追い込まれ、マフィアとの関係、腐敗政治家というレッテルを貼られ、「政治キャリアは終わった」と見られてきたフィツォ氏が今回カムバックできた背景には、その後の政権の行政能力のなさがあることは明らかだ。また、新型コロナウイルスの席巻、ウクライナ戦争の長期化で、国民経済は停滞し、国民の生活は厳しいという事情がある。

スロバキア総選挙が国際的に注目されたのは、同国のウクライナ政策が選挙結果次第では激変するのではないか、という懸念があったからだ。フィツォ氏は選挙戦では「武器の支援は戦争を長期化し、平和をもたらさない。対ロシア制裁ではスロバキアにとってマイナスをもたらさない場合に限り、守る」と主張してきた。なお、フィツォ氏の「スメル」主導が新政権を確立するためには少なくとも他の2党との連立が不可欠だ。

EU内の旧東欧加盟国でウクライナ支援で揺れが見られ出した。ロシア軍のウクライナ侵攻以来、ウクライナに人道支援、軍事支援してきたポーランドはウクライナ産穀物の輸入問題が発火点となり、ウクライナと対立してきた。

ハンガリーのオルバン首相は先月25日、ブタペストの国会演説でロシアと戦争中のウクライナを酷評し、「キーウ政府はウクライナ最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族約15万人の母国語の権利を制限している。その権利が回復されるまで、わが国はウクライナを国際政治の舞台では支援しない」と述べたばかりだ。そしてウクライナ支援の中止を表明してきたスロバキアの野党「スメル」が選挙で勝利した。

それだけではない。ウクライナへの最大の支援国・米国連邦政府の議会上下両院は30日、11月半ばまでのつなぎ予算案を賛成多数で可決したが、その予算案にはウクライナ支援は除外されたという。ウクライナ政府にとって悪夢だ。

一方、ロシアのプーチン大統領はウクライナ支援で欧米諸国が揺れ出してきたのを見て、「チャンス到来」と受け取り、戦争の長期化を通じて欧米の結束を更に崩す作戦に出てくることが予想される。

ロシアが始めたウクライナ戦争は世界の戦争に拡散する危険性を内包していることを再確認し、欧米諸国の指導者はウクライナ戦争の危険さを改めて国民に伝え、ウクライナ支援で結束を緩めてはならない。世界は正念場を迎えている。これがスロバキア議会選からの「警告」だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。