露の核推進力巡航ミサイルの脅威は?

ロシアのプーチン大統領は5日、外交政策専門家フォーラムで「われわれは原子力推進の全球射程巡航ミサイル(ブレヴェストニク)の実験に成功した。これを受け、ブレヴェストニクと大型大陸間弾道ミサイル(サルマト)の開発を事実上完了し、量産化に取り組む」と発表した。同時に、「議会が包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を取り消す可能性がある」と警告した。AP通信が同日、モスクワ発で報じた。

旧ソ連の最初の核実験1949年8月29日(CTBTO公式サイトから)

同巡航ミサイルは核弾頭または通常弾頭を搭載でき、核推進力のため他のミサイルよりも長時間飛行でき、ミサイル防衛システムに探知されずに地球を周回できるというのだ。

プーチン大統領が2018年の教書演説でロシアがこの兵器の開発に取り組んでいることを初めて明らかにした時、西側の軍事専門家は懐疑的に受け取ってきた。その理由は「そのような兵器は扱いが難しく、環境上の脅威となる可能性がある」からだ。

米国とソ連(当時)は冷戦時代に原子力ロケットエンジンの開発に取り組んだが、危険すぎるとして最終的にはプロジェクトを棚上げした。未確認情報だが、ブレヴェストニクは2019年8月、ロシア海軍演習場での実験中に爆発を起こし、5人の原子力技術者と2人の軍人が死亡し、その結果、放射能が一時的に上昇し、近くの都市で恐怖を煽ったという(AP通信)。

プーチン大統領は昨年9月21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「「This is not a bluff(これはハッタリではない)」と警告を発した。同発言から1年以上が経過した。そして現在、CTBT条約からの離脱、核実験の再開へと進もうとしているのだ。

クレムリンの管理下にあるロシア国営テレビRTのシモニャン編集長は2日の番組の中で、「シベリアのどこかで熱核爆発(核実験)を起こせばいい」と発言し、国内外で物議を醸したばかりだ。

ちなみに、当方はこのコラム欄で「ロシアはCTBTから離脱するか」(2023年2月23日参考)と「ロシアは近い将来『核実験』再開か」(2023年8月18日参考)の2本のコラムを書いてきたが、事態はその方向に傾いてきているのだ。

ロシアは1996年9月にCTBTに署名し、2000年6月に批准を完了したが、米国は1996年9月にCTBTに署名したが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。だから、プーチン大統領は「Russia could “mirror the stand taken by the U.S.」と発言し、米国が批准していないCTBTから「理論的に離脱する可能性がある」と示唆したわけだ。プーチン氏がCTBTからの離脱を示唆したのは今回が初めてだ。

CTBTは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が依然欠けている。

今年8月に入ると、英日刊紙デイリー・メールが12日付の電子版で、「ロシアのプーチン大統領は近い将来、北極のソ連時代の核実験場ノヴァヤ・ゼムリャ島(Nowaja Semlja)で1990年以来初めての核実験を実施するのではないか、という懸念の声が欧米軍事関係者から聞かれる」と報道した。

実際、ロシア国防省関係者は、「プーチン大統領によって命令された核実験の再開準備は確実に遂行される。ノヴァゼメリスキー試験場(The Novozemelsky test range)は常にその準備を保ってきた」と説明している。

プーチン氏はウクライナ戦争で即戦略核兵器を使用すれば国際社会の反発が大きいことを知っているから、核実験を実施して核兵器の怖さをウクライナと欧州諸国に誇示する作戦に出るのではないか。

最近の核実験は北朝鮮の2017年9月3日に実施したものだが、欧州大陸でのロシアの核実験は1990年10月以降はない。それだけに、ロシア連邦領のノヴァヤ・ゼムリャ島で核実験が行われれば、欧州諸国へのインパクトは大きい。

いずれにしても、プーチン氏が発表したように、ブレヴェストニクは完成したのか、それとも単なる脅しかは現時点では判断できない。明らかな点は、後者が事実とすれば、もはや欧州だけではなく、世界がロシアの核兵器の脅威にさらされることだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。