札幌冬季五輪の断念にみる優柔不断による大誤算

国も自治体も動きだしたら止められない

札幌市は2030年冬季五輪の招致を断念しました。東京五輪における増収賄事件で「平和の祭典」というイメージに泥を塗り、さらに国、自治体に大型プロジェクトを運営する能力がない。予算総額も発表当初は小さく見せかけ、最終的には2倍程度に膨れ上がり、「済みませんでした」と謝る手口が国民に通用しなくなったのです。

SeanPavonePhoto/iStock

市は2034年以降の誘致を目指すといいます。30年はストックホルム(スウェーデン)、34年にはソルトレークシティー(米国)が最有力候補と言われています。34年以降もあきらめないというのは、そうした素振りが政治的に必要で、招致派の市長の面子を保つためのポーズです。

東京五輪を巡り大手広告会社の電通を軸とする贈収賄、入札談合事件が発覚すると、「札幌五輪にも悪影響がでて、招致は無理になるだろう」と、私は思いました。多くの人たちもそうだったでしょう。市がいう「住民の理解が得られなかった」ではなく「住民は拒否」なのです。

私はアゴラに2本のブログ「五輪汚職の拡大で札幌冬季大会は早期断念が賢明」(22年9月18日)「五輪汚職を反省し、札幌冬季大会を断念せよ」(同11月10日)を掲載しました。「平和の祭典」である五輪史に残る事件を起こした。せめて札幌断念を早期に表明し、日本が深く反省していることを世界に向けて発信したほうがよかったのです。

12日からムンバイ(インド)で国際オリンピック委員会(IOC)が開かれる直前になって、やっと招致断念という意思決定をしました。国内では五輪汚職・談合事件の裁判が始まり、その張本人は黙秘を続けています。大きなプロジェクトほど、国も自治体も優柔不断で、毅然とした意思決定、毅然とした撤退ができない。相も変わらない日本の姿です。

「動きだしたら止められない、止まらない」という姿を多くのプロジェクトで観察できます。東京五輪は開催直前になって新型コロナの感染爆発があり、一年延期しただけで開催を強行しました。政治的な資産になると考えた安倍元首相が「福島原発事故はアンダーコントロール(収束、制御)下にある」といった手前、そういう選択をしたのです。

「アンダーコントロール」どころか、汚染水の海洋放出がやっと始まったばかりです。福島原発の解体処理はいつ始まるか、終わるかもわからない。大きなプロジェクトほど政治家は利用価値があると考えている。ですから、動きだしたら途中で「止められない、止まらない」のです。

大阪万博(2025年4月、大阪市夢洲)は重大な局面に差し掛かっています。あと600日を切ったというのに、50以上の海外パビリオンの建設が予定されているのに、建設の手続きが始まったのは7施設だけです。

円安による資材や人手不足・人件費の高騰で、想定した予算では採算がとれないと、建設業者が乗ってこないためです。建設費は当初が1250億円、それが1850億円に修正され、それでも収まらずさらに数百億円増です。当初の2倍に膨れ上がっています。

日本維新の会が推進してきたプロジェクトで、国会運営で維新の会の協力を取り付けたい自民党が協力しているためです。政治利用の思惑がはいると、事業の経済性は吹っ飛んでしまう。

東京五輪はどうでしたか。招致段階は7340億円で「簡素な五輪」をアッピールしました。最終的には1.7兆円で2.3倍です。札幌五輪はどうでしょうか。当初の予算は総額2200億円が3170億円に膨張しています。

民間企業ならどこかの段階で事業の中止、廃案です。そうしないと、自分が倒産する。国や自治体が絡むと、最後は公的支出(税金)逃げ込みますから、国民は言い値を信じてはいけない。それなのに何度でも騙される。

五輪や万博には、メディアも協賛企業になっていますから、厳しいことをいわない。広告収入や宣伝に使えるので、「なんとかなるだろう」という態度をとります。メディアはプロジェクトの協賛社になってはいけない。公正な報道ができなくなります。

ジャニーズの性加害事件でも、うわさが何十年も流れていたのに、テレビ、その親会社である新聞が事件を解明しようとせず、恐るべき数の被害者を生み出しました。メディアがジャニーズの受益者だったからです。今頃になって、「ジャニーズの再発防止策を見極める」とか、無責任としかいいようがありません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。