「ハマス」と「パレスチナ人」は違う

パレスチナのガザ地区を2007年以来実効支配するイスラム過激テロ組織「ハマス」の大規模なテロ攻撃を受け、イスラエルでは9日時点で少なくとも900人が死亡し、約2500人の負傷者が出ている。イスラエル軍はハマスの拠点のガザ地区を完全封鎖し、電気、水道、ガス、食糧まで供給停止するという。ガザ地区の封鎖はイスラエル軍の地上部隊のガザ侵攻の準備と受け取られている。

UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長とパレスチナ日本代表の中島洋一大使(2023年2月6日、UNRWA公式サイトから)

欧米軍事専門家は、「イスラエル軍はハマスのテロ行為への報復としてガザ地区内のハマス拠点を空爆してきたが、ハマスが100人を超えるイスラエル人や欧米人をガザ地区に拉致して人質としている現在、空爆は危険が伴う」とし、「空爆に代わってイスラエル軍のガザ地区侵攻はもはや避けられない」と予想している。

それに先駆け、ネタニヤフ首相は予備役30万人を招集すると発表した。予備兵への再教育、装備の準備などがあるから、ガザ地区侵攻は「数日後」になると見られている。

ちなみに、人質の中には、音楽祭に来ていた若者たちのほか、子供、外国の訪問者もいるという。ソーシャルネットワークでハマスの人質の拉致シーンが流れているが、人質の中には85歳のホロコーストを体験した老婦人の姿も写っていた。ハマスは彼らを人間の盾として利用し、イスラエル側が空爆した場合、人質を公開処刑すると通告しているという。

ガザ地区での地上戦が始まれば、ハマスとイスラエル軍の双方に多くの血が流れるだろう。イスラエル軍は家屋を1軒1軒チェックしていくが、隠れているテロリストから反撃を受け、多くの死傷者が出ることが考えられる。

一方、ガザ地区(人口200万人)が完全に封鎖されれば、電気、水道、ガス、食糧、医療品が手に入らなくなり、多くのパレスチナ人が苦しむ。ハマスは封鎖で苦しむパレスチナ人の姿をソーシャルネットワークで流し、イスラエル側の封鎖が非人間的だと国際社会にアピールすることが予想される。

ところで、当方はこのコラム欄で「中国共産党政権と人民は別だ」という記事を書いた。プーチン大統領の軍事的蛮行を受け、ロシアに対する制裁が実施されているが、ここでも「プーチン大統領とロシア国民は別か」という問題を提示してきた(「『中国共産党』と『中国』は全く別だ!」2018年9月9日「プーチン大統領と『ロシア国民』は別」2022年10月8日参考)。それでは、「ハマスとパレスチナ人は別か、それともパレスチナ人はハマスか、という問題だ。

実際、制裁は蛮行を行う為政者や政権への影響より、その下で生きている国民、人民が最も被害を受ける。だから、欧米の人権擁護グループからは「制裁は最も弱い国民が被害を受けるだけで効果はない」という声が聞かれるわけだ。

ハマスは2007年、ガザ地区を支配して以来、パレスチナ人に対して社会的サービスを実施し、学校、幼稚園などを経営しながら、社会の隅々までその支配の手を浸透させている。

一方、ハマスの大規模なテロに対し、欧米諸国ではパレスチナ支援の停止を求める声が出てきている。欧州連合(EU)の欧州員会は、パレスチナ援助の見直しに取り組み出している。パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に1953年以来、積極的に支援してきた日本政府に対しても、「日本のパレスチナ人への支援金はハマスのテロを助けている」として、UNRWAへの支援を停止すべきだという声が出ている。日本はUNRWAに対し3320万米ドルを支援し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。

なお、UNRWAは1949年、国連総会で設立された。東エルサレム、ガザ地区、ヨルダン、レバノン、シリアを含むヨルダン川西岸で活動している。教育、医療、社会サービス、保護、キャンプのインフラと改善、マイクロファイナンス、緊急援助など幅広い活動をしてきた。

英BBCはガザ地区から放映していた。中年のパレスチナ婦人は、「戦争はもうたくさんだ。私たちは平和な生活をしたい」と語っていた。ハマスの戦争ラッパに動かされるパレスチナ人と、イスラエル人との平和な共存を希求するパレスチナ人がいる。イスラエルの占領下で長い間生きてきたガザ地区では次第に前者のパレスチナ人が増えてきた。特に、パレスチナの青年たちには前者が圧倒的に多い。テロ組織「ハマス」と「パレスチナ人」は本来、同一のカテゴリーではないが、両者は接近してきた。パレスチナ人の本来のアイデンティティが危機にさらされているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。