「小犬」と「トマトジュース」に水を差された台湾行

台湾メディア「RTI」は7日、台風14号「小犬」が4日に蘭嶼で記録した瞬間風速95.2m/秒が台湾観測史上最大かつ世界気象史上3位の強風だったと報じた。「午後9時52分に最大瞬間風速95.2m/秒が観測され、蘭嶼の郵便番号は952。偶然が三つ重なった」ともするが、筆者の身にも偶然が重なった。

蘭嶼は台湾南部屏東県の東海上140kmにある周囲40kmの島で、伊豆大島より少し小振り。核廃棄物の貯蔵場があり、原住民タオ族が漁業を営む。台風の通り道に当たり、過去にも84年の台風3号(アレックス)で89.8 m/秒、95年の台風14号(ライアン)で85.3 m/秒を記録した。

「小犬」という名に惹かれ調べると、気象庁のサイトに「台風の番号とアジア名の付け方」という面白い記述があった。それに拠れば、気象庁は毎年の正月元旦後の初台風を第1号とし、一度発生した台風が衰えて「熱帯低気圧」になった後、再び発達して台風になった場合も同じ番号を付けるそうだ。

それまでは米国が英語の人名(「アレックス」や「ライアン」など)を付けていたが、日本など14ヵ国の政府機関からなる、北西太平洋と南シナ海で発生する台風防災に関する台風委員会が00年に、この領域で発生する台風には加盟国が提案する領域固有のアジアの名を付けることを決めた。

00年の第1号「ダムレイ」は「象」を意味するカンボジア語、以後、14ヵ国が提案した140の名を順番に付ける。台風は年平均25.1個発生するので5~6年で一回りする。今般の台風14号「小犬」は日本が星座名に因んで提案した10個の名の一つで、00年の台風5号にも付けられた。

大きな被害を出した台風などは、被災国の要請があればその名を以後の台風に使わないこともあるという。また発達した熱帯低気圧が、東経180度以東の領域から、あるいは東経100度以西の領域から北西太平洋域に進入してきた台風には、発生領域の気象機関が付けた名を使い続ける。

気象庁は、日本国内の一般向けの情報や刊行物では「平成12年台風第1号」のように元号年と台風の番号を並べて表記し、英語で表記する場合はアジア名を用いている(以上、気象庁サイト)。どおりで、日本では台風を「ダムレイ」や「小犬」などとは呼ばない。

FrankRamspott/iStock

この「小犬」が、筆者の台湾行終盤で水を差した経緯はこうだ。

そもそもは5日7時45分高雄発成田行きのチャイナエア(CI)を予約していた。台風の発生は知っていたが、3日午前になると台湾メディア「UDN」がこう報じた

台風14号「小犬」が台湾を直撃する可能性がある。カテゴリー7の暴風域の半径は拡大を続けており、気象庁は明日(4日)早朝に南東部の陸地に影響を与えると予想している。台湾全土をカバーする警報が正午ごろ発令される見込みで、早ければ11時半、陸上警察を配備する。

TVニュースも「小犬」が5日早朝に高雄を直撃するといっている。4日に変更したいが、英語も中国語もダメな筆者が、身振り手振りの効かない電話でややこしい交渉をするのはまず無理。そこで3日昼、日本語の堪能な知人に事情を話して手続きを依頼した。

直ぐに13時30分まで休憩時間との一報。1時間後に二報が入り、CIの高雄事務所は何度架けても電話中なので、他に事務所に架けたらようやく繋がった。4日朝の高雄発は満席だが、桃園発16時20分に空席があり、変更料1620元が掛かるがどうするかと聞く。

桃園は高雄から300kmも北だし、4日16時過ぎ大丈夫だろう。「それに変更して下さい」といってLINE電話を切る。データが抜かれるだかんだといっても、LINEは重宝この上ない。

翌4日、朝からパックした荷物と共にタクシーで高鉄左営駅に向かう。桃園までのチケット購入(1330元)も、2日の台北行で経験済なので順調。10時55分の南港行自由席に座ったのが5分前、ふと掲示板を眺めると新竹の次が板橋で桃園が出ない。まさか桃園に停まらない!?

空港駅のある桃園には停まると思い込んでいた。改札に上り、駅員に切符を見せながら「タオェン」と叫ぶ。彼女が指さす先には11時発南港行の表示。急いで乗り込むなり、列車はスーッと動き出す。間一髪だった。車内販売のズーロー(猪:豚肉)弁当100元とコーヒー50元で腹を満たす。

13時30分に高鉄桃園駅に着き、MRT高鉄桃園駅から桃園第2ターミナルまで25元の切符を買う。空港に着いてチェックインを済ませ、搭乗時間まで2時間近くあるが、搭乗ゲート「B8」に向かう。しかし遠い。1.5時間経ったが余りに人が少ないので掲示を見ると、何と18時のマニラ行とある。

慌ててチケットをみるとゲートは「A8」。考えてみればフラッグキャリアCIの成田行は看板便、ゲートがこんなに遠いはずがなかった。戻り道の遠いこと、往きの比でなかったがこれも自業自得。斯くてようやく機上の人となり、後は離陸を待つだけと相成った。

長い二日間だったが、この後もう一つの悲劇が待ち受けていることを筆者はまだ知らない。

そこで「トマトジュース」。台湾ではミニトマトは果物扱いだ。高雄の漢来ホテルは10階までが漢神百貨店やレストランで、そこから42階までがホテルだが、地下3階にはフードコートや台湾版「成城石井」の趣のスーパー「Jason」がある。

普通のトマトはその野菜棚だが、ミニトマトは果物棚にある。10年前は丸いミニトマトもあったが、今回は紡錘形をした実に甘いミニトマトだけだった。単行本大のプラパックに入って256元(約1200円)。マンゴー3個分、文旦5個分の値段だからかなり高いが、筆者の常備食だった。

二度目に「水」を差したのが、普通の「トマト」が原料の「トマトジュース」だった。

在勤当時、高雄日本人会にはゴルフコンペが二つあった。一つは高雄GCでの会、他は信誼GCでのシニア会で、2年3ヵ月の間にそれぞれ30回ほど参加した。後者は55歳以上の年齢制限があり、少人数だったので思い出が多い。その一つがトマトジュースだった。

ホールアウトしてシャワーを浴び食堂へ。冷蔵ケースからトマトジュースと台湾ビールを出してテーブルにつくなり、大きめのグラスにビールとジュースを7対3で注ぎ、一気に飲み干す。その旨さは例えようがない。台湾のゴルフは18ホールをスルーで回るからなおのこと。

銘柄は台南に工場のある「カゴメ」。「カゴメ」の総経理のドライバーがまた良く飛んだ。高雄GCも信誼GCもミドルの半分は400Yを超えるが、彼はアイアンで軽々2オン。こんなに飛ぶ素人は見たことがない。これも思い出の一つだ。

が、この10月4日のトマトジュースも思い出になるだろう。「CI-106便」は16時30分、轟音と共に小雨模様の桃園空港を離陸した。やがて機内食の配膳が始まる。昼前に胃に入れた「ズーロー」を疾うに消化していた筆者は「ジーロー(鶏肉)」を選び、早々に食べ始めた。

程なく後の席で飲み物のサービスをしている気配がした瞬間、筆者の後頭部から首筋にかけて冷たい液体が降り注いだ。ビックリして振り返ると、CAがしゃがんでトレーに紙コップを置いている。その底にうっすら残る赤い色は、紛うことなきトマトジュース!

寒がりの筆者は長袖Tシャツに半袖Tシャツを重ね着し、その上からガーゼ地の長袖を羽織っていた。CAが持って来たティシューの箱をひったくり、後頭部、首筋、シャツの襟に押し付けるとティシューが黄色くなった。上着の背中は見えないが、左胸には卵大の濡れがある。

幸い着ていた3枚はどれも茶系。トイレに立って鏡を見ると、薄茶の半袖Tシャツの両胸と後襟に橙色のシミ。色の濃い長袖Tシャツの襟にはシミは見えないが、さらに濃い茶の上着はパーサーが来て持ち去っていた。洗うというが、成田までに乾くのだろうか。

後のことは、チャイナエア成田空港旅客部と筆者が翌5日にやり取りしたメールに詳しい。帰宅を急ぐ筆者がメール連絡を所望したのだ。届いたCI成田旅客部からのメールにはこうあった。

機内サービス中、気流の関係等による不手際がありましたことを深くお詫び申し上げます。

お召し物のクリーニング代(上限3,000円)を当方で負担させていただきます。つきましては大変恐縮ですが、領収書を(*ママ)ならびに銀行口座等の情報をお送りくださいますようお願い申し上げます。

尚返信用封筒を郵送させていただきますのでご住所をお知らせいただけますと幸いです。

5日の高雄便が事もなく飛んだこともあり、筆者は鼻白んだ。が、帰宅後すぐ家内が洗濯した着衣にシミはない。パーサーも上着とTシャツを洗い、ヘアドライヤーででも乾かしたのだろう。その姿を想像すると怒る気も失せ、補償は不要だが、何でも金で済まそうとするのは良くない、と返信した。

安倍さんにも李登輝さんにも会えたし、まずは順調な台湾行だった。それが最終盤で「小犬」と「トマトジュース」に水を差された格好だが、無事に帰宅できただけで良しとしよう。