教皇「イスラエルには自衛権がある」

イスラエルのガラント国防相は13日、ワシントンからオースティン米国防長官を迎え、会見後、テルアビブで記者会見をしたが、同国防相は、「わが国はハマスのテロに遭遇して困難に直面しているが、ハマスには負けない。われわれユダヤ民族は危機を克服して勝利する」と述べた。同国防相が記者会見中、何度も「ハマスに勝利する」と強調していたのが印象深かった。

オースティン米国防長官(左)と会見するネタニヤフ首相(イスラエル政府公式サイトから、2023年10月13日)

イスラエルでは司法改革問題でネタニヤフ政権と国民の間に亀裂が生じ、大規模な反政府デモが連日行われてきたが、ハマスが7日、ガザ地区とイスラエルの境界線の金網を壊して侵入、音楽祭やキブツ(集団農園)にいたイスラエル人や外国人を殺害、「ホロコースト以来の最悪のユダヤ人虐殺」と呼ばれる大惨事が起きた。それを受け、ネタニヤフ首相は11日、ハマスとの戦闘に勝利するために挙国一致内閣を発足したばかりだ。ハマスのテロ問題では、イスラエル情報機関の対応の遅れが指摘されたが、イスラエル政府はここにきて迅速に動き出してきた。

欧米社会の反応は早かった。ハマスのテロを厳しく批判する点でほぼ一致していた。例えば、バイデン大統領はイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を「悪魔のようなテロ組織だが、ハマスはそれを超えた次元の悪魔だ」と酷評していた。

ところが、世界に13億人の信者を有するローマ・カトリック教会の最高指導者フランシスコ教皇は7日、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大一神教の聖地エルサレムのあるイスラエルでのハマスのテロ襲撃に恐怖を表明し、「私は、暴力がエスカレートし、何百人もの死傷者を出したイスラエルでの出来事を懸念と悲しみで見守っている。私は犠牲者の家族に親密な気持ちを表明し、彼らと、何時間もの恐怖と、恐怖を経験している全ての人々のために祈る」と語った。紛争当事者に対しては、「攻撃を止め、武器を捨てるべきだ。テロと戦争は解決につながらず、多くの罪のない人々の死と苦しみをもたらすだけであることを理解してほしい」と訴えた。

フランシスコ教皇は政治家ではなく、宗教指導者だ。紛争当事国の一方だけを支持し、他方をバイデン大統領のように酷評するというわけにはいかない。駐ローマのイスラエルのラファエル・シュッツ大使はフランシスコ教皇のメッセージには不満を感じたという。ローマ教皇はハマスのテロ襲撃で始まった戦闘に対し、ハマスを批判せず、イスラエルと等距離でコメントしていたからだ。

フランシスコ教皇はウクライナ戦争でもモスクワとキーウを等距離において、プーチン大統領の蛮行を直接批判することを避けてきた。だから、バチカンから紛争仲介の申し出を受けたウクライナのゼレンスキー大統領は、「わが国はバチカンの紛争調停を必要としない」とはっきりと断ったことを思い出す(「ゼレンスキー氏『教皇の調停不必要』」2023年5月15日参考)。

ところで、フランシスコ教皇は11日、サンピエトロ広場の一般謁見で、「攻撃された者には身を守る権利がある」と明確に述べたのだ。このステートメントは7日の教皇の発言の中にはなかったものだ。

教皇の11日の追加メッセージを聞いたイスラエル大使は13日、カトリック通信社(KNA)とのインタビューで、「イスラエルの自衛権を認めた教皇のメッセージには満足している」と述べ、7日とは打って変わってフランシスコ教皇のメッセージを称えた。そして、「第2次世界大戦中に無実のドイツ人がいたのと同じように、パレスチナ人の中に無実の人々がいるのは事実だ。現代の非対称戦争では、被害を受けるのは民間人であることが多い」と強調し、フランシスコ教皇のメッセージに歩み寄っている。

なお、シュルツ大使はエルサレムのキリスト教会指導者らの声明についてもコメントしている。同大使によると、キリスト教会指導者は侵略者ハマスの名前を明確に挙げて非難していないというのだ。

イエスの福音に倣い、「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出し」(「マタイによる福音書」5章)、相手の罪も許そうとするキリスト教の教えの世界では、子供たちを射殺するハマスのテロリスト、そしてウクライナの民間人を殺すロシアのプーチン大統領に対して、バイデン大統領のようには一刀両断というわけにはいかない。これはキリスト教の教えの神聖さの証である一方、弱みともなる。

フランシスコ教皇が13日、イスラエルに自衛権があると間接的ながら認めたということは、駐ローマのイスラエル大使ではないが、大きな一歩だ。別の表現をすれば、ハマスのテロがそれだけ野蛮で非人間的だったことを物語っていたわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。