ポーランド与党PiSが過半数を失った本当の理由:反EU路線だけではない

ポーランドで15日、議会選挙(上・下院)の投開票が行われた。中間開票結果(開票率99・6%)によると、右派与党「法と正義」(PiS)は下院で第1党を堅持したが過半数には及ばす、野党第1党の中道リベラル政党「市民プラットフォーム」(PO)は第2位につき、同党主導の野党連合が過半数を獲得し、8年間続いたPiS政権に代わって、親欧州連合(EU)路線のPO主導の新政権が誕生する可能性が現実味を帯びてきた。

選挙戦で有権者に語り掛けるPiSのモラヴィエツキ首相(2023年10月12日、ポーランドのリブニクで、PiS公式サイトから)

議会選では、下院(セイム)の460議席、上院(セナト)100議席がそれぞれ選出される。下院では与党PiSが得票率約35.54%でトップを維持したが、過半数を割った。PiSのカチンス党首は、「わが党は第1党となったが、新政権が発足できるかまだ不確かだ」と述べた。連立パートナーとしては極右政党「コンフェデラツィア」が有力候補だが、両党を合わせても下院で210議席に留まり、過半数には程遠い。他の政党はPiSとの連立を拒否している。一方、PO主導の野党連合は30・56%だが、キリスト教保守政党「第3の道」と左翼同盟「レウィカ」の野党3党を合わせると、下院250議席を獲得でき、50%を超える。

2007年から7年間、首相を務め、その後、欧州理事会議長(EU大統領)も歴任したPO党首ドナルド・トゥスク氏は15日夜、「第2党であることがこれほどうれしかったことはない。野党連合による新政権の可能性が出てきた」と表明し、8年間のPiS政権に不満をもつ政党と連立政権を発足したい意欲を見せている。

開票集計が進んでも上記の結果には変化がないだろうから、ここでは「なぜPiSは過半数を失ったか」をまとめてみたい。

PiSは与党の特権を利用し、選挙戦では年金者や児童への手当ての大幅な増額を公約し、有権者に甘い言葉で訴えるなど、政権維持のためにあらゆる手段を駆使してきた。同国では主要メディアはほぼ全てPiSの影響下にあるから、PiS批判は選挙戦ではほどんど聞かれなかった。その点、ハンガリーのオルバン政権とほぼ同じ状況だ。国営放送ではPiSのライバル、POのトゥスク氏はほとんど登場できず、TV主催の選挙討論会にも招待されなかった。

にもかかわらず、PiSは得票を失ったのだ。PiSは前回の総選挙(2019年10月13日実施)で得票率43.6%でセイム(下院)とセナト(上院)の両院を独占した。PiSは今回、得票率で約8%失ったことになる。

投票率が73%と予想外に高く、有権者の選挙に対する関心が高かったことを物語っているが、高投票率がPiSにとってマイナスに働いたといえるかもしれない。すなわち、普段は投票場に行かない若い世代が現政権の交代を願って足を運んだことが考えられるからだ。

PiSは過去8年間、EU主導の移民政策に強く反対し、「法の秩序と民主主義」の逸脱でEUから制裁を受けるなど、ハンガリーのオルバン政権と同様、反EU路線を推進してきた。また、女性の中絶問題でも同国憲法裁判所が2020年10月22日、「胎児が先天的疾患と診断されたとしても中絶は違憲」という判断を下すなど、女性だけではなく、多くの国民が「女性の権利を蹂躙する」として抗議デモを行った。

欧米メディアで看過されている点は、欧州の代表的カトリック教国ポーランドで教会離れが急速に進んできていることだ。そして伝統的に保守派のカトリック信者がPiS離れしてきたことだ。

アンジェイ・ドゥダ大統領が投票日を「10月15日」に決定したのは偶然ではない。ヨハネ・パウロ2世(在位1978年~2005年)は1978年10月16日にローマ教皇に就任した。与党PiSは支持層のカトリック信者を投票に動員するために、同国の英雄ヨハネ・パウロ2世の就任日の前日を選挙日にしたというわけだ。

冷戦時代、ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領は、「わが国は共産国(ポーランド統一労働者党)だが、その精神はカトリック教国に入る」と述べ、ポーランドがカトリック教国だと認めざるを得なかった。そのポーランドでクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出された時、多くのポーランド国民は「神のみ手」を感じ、教会の信仰の火は国内で燃え上がったわけだ(「ヤルゼルスキ氏の『敗北宣言』」2014年5月27日参考)

ポーランドは久しく“欧州のカトリック主義の牙城”とみなされたが、そのカトリック教国のポーランドでも「神の館」と見なされてきた教会の聖職者の未成年者への性的虐待問題が次々と発覚、小児性愛(ペドフィリア)の神父が侵す性犯罪を描いた映画「聖職者」(Kler)は2018年9月に上演されて以来、500万人以上の国民がその映画を観たといわれている。国内では教会の聖職者の性犯罪隠ぺいに批判の声が高まっていった。同国ではヨハネ・パウロ2世は絶対的な英雄だったが、その神話は崩れてきた。その結果、カトリック教会を支持基盤とするPiSは有権者を失っていったわけだ(「ポーランドのカトリック主義の『落日』」2020年11月7日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。