岸田総理は「減税メガネ」すらも超えられるか

衆院本会議で所信表明演説をする岸田首相(23日)
首相官邸HPより

令和5年9月25日に、岸田総理が経済対策の目的と柱を発表し、「成長の成果(税収増)を国民に還元する」という発言が注目を浴びた。

まるでパンドラの箱が開いたかのように、その後は「減税、減税」の大合唱があちらこちらで勃発した。ここ数年、我が国は過去最高の税収を更新し続けている。令和2年度には令和元年度の58.4兆円に対して104.1%の60.8兆円と、過去最高を記録。令和3年度は更に前年対比110.2%の67兆円。そして、直近の令和4年度は106.1%の71.1兆円を記録。

実に三年間で+12兆円以上である。防衛費倍増に必要な金額が約5兆円であることを考えると、その規模の大きさがお分かりいただけるだろう。

岸田総理の表明に対して、批判の声が一部で上がっているようだが、私は今回の表明については2点、評価に値すると考えている。

一つは、この「税収増を公に認めた」ということである。そしてもう一つは、「国民に還元する」と言ったことである。まだ大枠を表明する段階なので、具体的な中身が無いのは当たり前である。そして言うまでもなく、具体的な中身を詰めていくためには、まずは方針が無くてはならない。総理が表明という方式で実際にその方針を打ち出したということは、純粋に評価できるのではなかろうか。

国民にあまり知られない中でひっそりと税収増を実現し、あたかもその事実がなかったように振る舞い、自分たちが使いたい分野だけにはしっかりと使い、更なる負担増を国民に強いていく。この流れは、岸田総理が「税収増」を認めるまでの流れそのものではなかろうか。この悪しき循環を変えるには、まずは「税収増」という事実を認めるところから始まると考えている。

過去最高の「税収増」を認めればこそ、では、それだけの収入があって、国民生活はどうなっているのか。あるいは、国の収入に対して支出はどうなっているのか。そういった重要な部分にスポットライトが当たるようになるのである。これは、岸田総理の大きな成果であると私は思っている。

ようやくこれで、「税収」の健全な運用へと舵を切る、そのスタート地点に立ったのではないか。事実として、急にメディアと政治家による「減税、減税」の大合唱が始まった。

前述したように、税収増はなにも今に始まったことではない。図1に示すように、消費税が5から8%に上がった2014年頃から、右肩上がりの傾向が続いている。しかし、誰も、この事実を重くとらえて来なかった。しかし、今はどうだろうか。総理の発言により、誰もが注目しているではないか。

図1 「一般会計税収入の推移」財務省「もっと知りたい税のこと(令和4年6月)」より

岸田総理の表明において評価したいもう1点が、「国民に還元する」と発言されたことだ。これも、少なくとも平成から令和において、筆者は聞いたことが無いフレーズである。

私は、国の経済が良くなるためには、「国内循環型経済」の実現が重要だと思っている。簡単に言うと、国富の海外流出を抑制し、国内で効果的にお金を回すということだが、具体的には図2に示すような向上型の循環を国内で実現することである。

この循環を促すことこそ国に期待したく、そのためにはまさに「国民への還元」が重要な局面にあると思っている。今は、選挙前ということもあり、減税ばかりに目が言ってしまっているが、この好循環を作り上げることこそが重要なのであって、減税は必要要素の一つに過ぎない。

図2 「国内循環型経済のイメージ」
筆者作成

減税をするならば、私は「所得減税」を実現いただきたい。実は筆者が所属する民間シンクタンク(日本平和学研究所)は、岸田政権に対して、「税収増を認めること」、「国民に還元すること」、そして減税するならば「所得減税を行うこと」を提言してきた。

奇しくも、今のところ提言通りになっているが、これは時代の流れや、他の方々からの進言も重なってのことであろう。また、何より岸田政権の30年ぶりの転換にかける決意の表れだと感じている。

さて、話を少し元に戻すが、なぜ所得減税なのか。まずは、総務省や国税庁が公表しているデータから2000年と2022年を各指標で比較しながら、所得税にまつわる状況を見ていこう(表1)。

表1 2000年(平成12年)と2022年(令和4年)の比較表
※ 2000年と比較すると、国民の給与は上がらず、物価は上がり、所得税の負担が増えている。消費者物価指数の108.8は2023年8月現在の値である。

消費者物価指数は2000年に対して8.8%(2023年8月時点)も上がっているのに、平均給与は3万円も減っている。しかも、一人当たりの所得税負担も増えているから、これでは可処分所得が上がるはずもない。事実、実質賃金指数は30年間横ばいである。消費が活性化しないから、経済もよくならないという停滞状態が続いている。

一方で、国の状況はというと、しっかりと所得税による税収は大幅にアップしており、全体の税収も先述したように過去最高となっている。あまりにもいびつな構造である。

国民から徴収された税金は過去最高なのに、国民生活は全く向上していない。GDPは世界3位ながらも、賃金水準はOECD加盟34ヵ国中24位(2021年)にまで落ち込んでいることを考えると、むしろ後退していると言った方が正しいだろう。

ここで所得減税を推したい理由は、先述した国内循環型経済を実現するには、過度な「低所得者層の優遇」を行うために「中間層~富裕層の犠牲は当然である」という空気感と構図を変える必要があると思うからだ。

力強い経済を実現するには、可処分所得を上昇させ、消費を活性化させる必要があるが、低所得者層に注力するあまり、中間層~富裕層を取り残してはならない。なぜなら、彼らが消費と経済を引っ張るからであり、税金も多く収める層だからである。

所得税は、給与が上昇してもそれ以上に税率が上がってしまうというブラケットクリープ問題も指摘されている。頑張って給与が上がっても、税の負担率が増え、可処分所得が大して上がらなければ、消費は活性化されない。

過度な「低所得者層の優遇」や「中間層~富裕層からの搾取」という今日の構造は、働く人たちの働く意欲を削いでしまいかねない。自らの頑張りが認められ、会社からの給与が増えたのであれば、手取りもしっかりと増えることが本人にとっても、経済にとっても望ましい。まずはその当たり前の状態へと戻すことが必要だと思っている。働く人たちが将来に希望を持てるようにするにも、やはり所得減税だろう。

しかしそもそも、なぜ表1のような状況になっているのか。その理由は、「国内循環型経済」の不在である。

行われているのは、国民生活を向上させるような戦略的投資ではなく、特定の人たちを潤すだけの施策になっていやしないか。貿易赤字の大きな要因になっているエネルギーの輸入は、エネルギー自給率を震災前の水準に高めるだけで大幅に縮小可能ではないのか。

「賦課金」という手法を用いて国民に知られないように年に数兆円も徴収し、それを盲目的に非効率的で高価な再エネばかりに投資を行っていないか。しかもそのお金は最終的に海外に流れるのではないのか。

世界はとっくに終息モードなのに、我が国だけがコロナワクチンを海外からまだ沢山購入しようとしていないか。コロナ関連予算だけで100兆円も使用したことの是非はどうなったのか。

などなど、国内循環型経済の阻害要因は枚挙にいとまがない。

これらを是正しなければ、いくら税収増を実現しても、お金はザルを通過して消えていくだけで、肝心の国民生活はよくならないのではなかろうか。

自民党内では「税は鬼門だ」との見方が根強いらしいが、岸田総理はリーダーシップを発揮して具体策の検討をスタートさせている。10月24日には岸田総理の所信表明に対する代表質問が行われ、立憲民主党泉代表の質問に対して「国民への還元については所得税減税を含め早急に検討を進めて参ります」と答えている。

今まで「増税メガネ」や「財務省のポチ」などと批判されてきたが、もはや誰もそんなことは言えまい。岸田総理は、きっと所得減税を強い意志で実現するだろう。しかし、所得減税は一時的であってはならず、恒久減税への構造改革が必要だ。

持続的な好循環を作り出すなら、当然にして持続的な所得減税が求められる。その実現には自民党の税制調査会での調整も必要になるから、少し時間を要するだろう。そのため、まずは物価高への対応として、給付措置と組み合わせた時限的な所得減税でよい。

繰り返しになるが、減税が目的ではないから、そこで止まってはいけない。目指すは国内循環型経済の実現だ。そのためには、岸田総理が所信表明演説で述べた「変化の流れを絶対に逃さない、つかみ取る」ことが今は肝要である。

「増税メガネ」ならぬ「減税メガネ」へ。そして更にその先へと、導いてくれることを期待したい。