ダゲスタンの反ユダヤ主義暴動の背景

ロシア南部ダゲスタン共和国の首都マハチカラの空港で29日、群衆が空港に殺到し、飛行機から降りた乗客を取り囲み、ユダヤ人か否かを旅券などでチェックし、ユダヤ人と分かれば暴行するなどの事態が起きた。空港内の暴動を放映した西側のメディアは、「まるで21世紀のポグロム(ユダヤ人迫害)だ」と報じるほど現場は一時大混乱となった。治安部隊が派遣され、事態は沈静化した。

オーストリア国営放送(ORF)とのインタビューに応じるマンゴット教授(2023年10月30日、ORFからスクリーンショット)

飛行機はイスラエルのベングリオン空港から飛び立ったもので、乗客にイスラエル人がいるという情報がソーシャルネットで流れると、過激なイスラム教徒が空港に殺到して、ユダヤ人乗客を探しては、暴行を加えたり、帰れと叫んだというのだ。

ダゲスタンは北カフカス地方とカスピ海の間にあるロシア連邦を構成する共和国の一つ。首都はマハチカラ。人口約318万人(2021年)の約94%がイスラム教徒だ。パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍がガザを空爆し、地上軍を導入してイスラム過激派テロ組織「ハマス」の壊滅に乗り出し、多数のパレスチナ住民も犠牲となっていることが伝わると、ダゲスタンのイスラム教徒の中にイスラエル憎悪、反ユダヤ主義が高まっている。

オーストリアのインスブルック大学政治学者でロシア問題専門家のゲルハルド・マンゴット教授は30日、オーストリア国営放送(ORF)とのインタビューに応じ、「ダゲスタンはロシア連邦の中でも最貧共和国で、経済は停滞し、失業者が多い一方、出生率は高い。仕事を探しても見つからない多くの若者たちはイスラム過激派サラフィストにオルグされている。同共和国には1500人余りのユダヤ人しかいないが、サラフィストらに反ユダヤ主義を煽られているのだ」という。ダゲスタンではこれまでもイスラム系グループの暴動が頻繁に起きている。

ロシア側は、ダゲスタンの暴動は「ウクライナと欧米諸国が扇動したものだ」と主張しているが、マンゴット教授は、「ロシアの経済政策、社会政策の失政がイスラム過激主義を助長している、欧米諸国の工作説は考えられない。ただ、ウクライナには2014年にロシアからウクライナに亡命し、反プーチン運動を主導しているイリヤ・ポノマリョフ氏がいる。彼がダゲスタンのイスラム過激派を煽っているということは考えられる」という。ちなみに、ポノマリョフ氏は元下院議員で、ロシアがウクライナ南部クリミア半島を併合した際、下院で関連法案に唯一の反対票を投じた。

ところで、ロシアは10月7日のハマスの奇襲テロをこれまで批判していない。プーチン大統領はハマスの指導者を招いて会見している。マンゴット教授は、「ロシアはパレスチナ人の解放運動を支援してきた。パレスチナ指導者は度々モスクワ入りしてきた」という。プーチン大統領はガザ区の現状を「ナチス・ドイツ軍に包囲されたレニングラード(現サンクトペテルブルク)のようだ」と述べている。

いずれにしても、ロシアは低所得国、植民化時代への恨み、反欧米主義傾向が根深いグローバルサウスへの影響を考え、イスラエル軍に攻撃されるパレスチナ人問題を無視できない立場にあるという。

一方、ロシアとイスラエル両国関係については、「パレスチナ紛争が再開するまでは良好関係だった。イスラエルは欧米諸国の対ロシア制裁には参加せず、ウクライナへの先端兵器の供与は拒否している。一方、ロシアはイスラエルがシリアやイランの軍事拠点を爆発するなどの軍事行動に対しては黙認するなど、両国は互いに関係を維持してきた」と説明した。

最後に、ロシアとウクライナ間の戦争の見通しについて、マンゴット教授は、「ロシア軍は大規模な攻勢は現時点では難しい。一方、ウクライナ軍も夏ごろから開始した反攻もあまり領土を奪い返すことができなかった。これからは冬の季節を迎えるから地上戦は難しい。本格的な戦闘は来年春以降となるだろう」と予想している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。