去る7月、短い一時帰国の間に米映画「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」を家族とともに見た。
米考古学者・冒険家インディアナ・ジョーンズが主人公となるアクション映画は1981年からシリーズとして続き、今回が最終回と言われる5回目だ。
日本でこの映画を見ると、考古学の専門家・歴史家の方は別の見方をするだろうけれども、一般的には痛快な冒険アクション映画として純粋に楽しめる。
筆者もこれまではそうだったが、欧州に住むようになって時間が経つとその歴史に関わるいくつかの事柄が心にひっかかるようになった。
「運命のダイヤル」ではナチスを敵とする時代背景で物語が進み、インディが何度か「ナチスの奴らめ」といった表現を使う。「ナチス=悪」という認識は欧州に限らず世界中で共有されているが、欧州連合(EU)の大国となったドイツの国民は家族ぐるみで鑑賞するような娯楽映画で「ナチスめ」という言葉を何度も聞いてどう感じるのだろうか。
そこまで考える必要はないと思われるだろうが、今話題の米映画「オッペンハイマー」で登場人物が日本人を指して「ジャップ」という時、日本人の筆者としては心が少し痛む思いがする。
2025年から内通者のリストを一般公開
ナチスの存在を改めて認識するプロジェクトが、2025年からオランダで開始される。第2次大戦中にオランダを占領したナチス・ドイツの内通者リストの一般公開である(「裁判の戦争」プロジェクト、2025-27年)。今年初めから複数のメディアが報じている。
1939年9月、ドイツがポーランドに侵攻して第2次大戦が勃発するが、オランダは当初中立を宣言した。しかし、1940年5月、ベルギーとともに侵攻を受けた。王族は英国に亡命し、オランダはドイツの占領下に置かれた。連合軍による解放は、ナチス政権崩壊後の1945年春であった。大戦中、オランダ在住のユダヤ人の多くがナチスに殺害された。国勢調査によると、1941年に約15万人のユダヤ人がオランダに住んでいたが、47年には約1万4000人に減少した。
戦後、オランダでは約30万人がナチスの内通者であった可能性があるとされて調査対象となった。その中で約6万5000人が特別法廷の裁判にかけられ、市民権のはく奪、投獄、死刑などの末路を迎えた。
特別法廷での警察の報告書、目撃者の供述、内通者であったことを示す証拠になる物品、写真など約3200万点は、現在は研究者の他には嫌疑をかけられた人の家族・親戚だけがアクセスできる。アクセスは内通者の死後のみで、閲覧理由を提出するなどの制限があった。これまでの閲覧利用数は年間5000から6000件だったが、2025年以降は大きく増える見込みだ。国立公文書館で一般公開に向けての作業が進んでおり、人名やキーワードを入力すると情報を閲覧できるようにするという。
ナチスの協力者あるいは内通者として名前が記録されている人々の大部分はすでに亡くなっているが、その子孫は生存している。密告によって犠牲になった人々は誰が裏切ったのかを知りたいと思うだろう。
「パンドラの箱を開けることになる」、「さらに50年間、一般公開を遅らせるべきだ」とオランダの作家シッツア・ファンデル・ゼー氏は言う(ニューヨーク・タイムズ、4月23日付)。同氏は、自分の家族の過去を振り返った本の中で、父がオランダでナチスだったことを知ったときの苦しみを書いた。
「人が生き残るためにやった恐ろしいことがファイルに入っている」、「何年にもわたる恥を感じる時代に逆戻りしてしまう」。
同様のファイルを一般公開するのはオランダが初めてではない。
2020年にはローマ教皇庁がホロコーストに関する2700点の資料を公開し、教皇ピウス12世(在位1939-58年)とナチスとの関係に新たな光を当てたと言われている。
2015年には、フランスが軍事裁判所での記録を集め、戦争犯罪人に関わる書類を公開した。20万点を超える資料によって、ヴィシー政権とナチスとの協力体制の調査に寄与した。
米ワシントンにある米ホロコースト・メモリアル博物館の国際課責任者ポール・シャピロ氏は虐殺という犯罪は長期に負の遺産を残すもので、「唯一の対処方法は過去に起きたことを直視し、どんな歴史があったのか受け入れることだ」という(同紙)。
一般公開を懸念する学者もいる。内通者として疑われたものの、実はそうではなかった人の資料も収められているからだ。
内通者の子孫の団体「認識ワーキンググループ」の代表イェルーン・サリス氏は、18歳の時に父がナチスへの情報提供者だったことを知った。「父は何も話してくれなかった」。ファイルに目を通したのは最近になってから。かつて内通者となった人物の家族にとって「すべての情報が慎重に取り扱うべきものになる」。
犠牲者グループの代表ディック・デ・ブフ氏は「子孫は親の犯罪に責任があるわけではない」とするが、「二度と同様のことが起きないよう、何が起きたかを知ることは重要だ」と述べている。
「ホロコーストは神話」とする若者層
ホロコーストによる被害補償を支援するNPO「対独賠償請求ユダヤ人会議」(本部ニューヨーク)が今年1月発表した調査によると、1980年以降に生まれた2000人のオランダ人の中で半分以上がホロコーストによって約600万人のユダヤ人が犠牲となったことを知らなかった。23%はナチスの犯罪は真実ではないあるいは誇張されている、と答えた。殺害されたユダヤ人が200万人以下と認識している人は29%で、より若い層はこれが37%に増えた。
同様の調査は米国、英国、フランス、オーストリア、カナダで行われたが、オランダではホロコーストを作り話と考える人の比率が他国に比べて高かった。
オランダ人でホロコーストのサバイバーの一人、マックス・アーペルス・リーザー氏は「憤慨した。同国人が国の歴史を知らないことに懸念を覚える」(英タイムズ紙、1月25日付)。「教えなければ、ホロコーストがオランダに与えた多大な衝撃を将来の世代が理解できなくなる」。
思い出したくない過去を白日の下にさらす行為とも言える「裁判の戦争」プロジェクトは、勇気ある試みだ。嫌疑をかけられても実は内通者ではなかった人の名誉回復はどうなるのかが気にかかる。
(「メディア展望」(10月号)掲載の筆者記事に補足しました。)
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2023年11月8日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。