解散断念の「首相の誤算」は有権者にとっては朗報

世論調査は6割が反対

岸田首相は年内の衆院解散を見送ることにしました。主要新聞は「首相の誤算」とか「支持率低迷で追い込まれた」などと書いています。首相にとっては誤算であっても、物価高対策としては無益な定額減税、選挙目当ての浪費とみて、6割が解散に反対(世論調査)していた有権者にとっては「勝利であり、朗報」であると思います。

「デフレ完全脱却のための総合経済対策」を力説する岸田首相 同首相HPより

日本の政治ジャーナリズムは、権力者の政治戦略、舞台裏の駆け引きなどの「政局記事」で多くが占められ、有権者の目からみたら「進行中の政治がどのような意味を持つのか」は二の次になっている。そのこともあって読者は新聞からどんどん離れていっている。目覚めてほしい。

各紙とも世論調査を定期的、精力的に行っているのに、それを政治記事のあり方に生かしていない。解散見送りは「世論の勝利、有権者にとって朗報」と書く新聞が一紙くらいあってほしい。

舞台裏情報では「自民党が5-9月頃、極秘に続けた情勢調査の結果は毎回『ほぼ現状維持』と上々の手ごたえだった。このため首相は年内解散を視野に入れ、次々と政権のてこ入れ策を繰り出した。切り札として所得税と住民税の定額減税を打ちだした」(読売新聞)そうです。「政局記事」から脱皮できない日本の政治ジャーナリズムの一例です。

本当は「極秘」ではないのに、「極秘」と称して新聞に漏らし、解散ムードを高めることにメディアを使ったのだと思います。広島サミット、旧統一教会の解散命令請求、定額減税・経済対策などのたびに、解散風が煽られ、岸田首相は本気で解散のタイミングを図っていたのは事実でしょう。

権力維持のために、首相らが煽る解散風を批判する主要紙は見当たらず、首相らとの共同作業を続けたのです。それが日本の政治ジャーナリズムの特性です。解散カードを使う首相の政治手法に対する批判、首相の解散権に対する疑問などを正面きって、問題提起をしてほしかった。

それにしても内閣支持率が下落を続ける不人気ぶりをみて、日経新聞は10月下旬には「年内解散の日程は窮屈。12月10日の投開票は無理」と見切りをつけた情勢展望記事を書いています。

そうした読みをしていたので、首相の解散見送り表明(11月9日)を受けた翌日朝刊では日経は1面では扱わず、3面肩で「解散断念、支持率低下、経済優先」という解説雑報で処理しました。他紙のように大騒ぎをせず、醒めた目で政局を観察したのです。これが正解でしょう。

朝日新聞は「解散カードを失った影響は大きい。政権運営で主導権をとるため、解散をちらつかせて与野党議員を浮足立たせるなど、首相はカードの力を積極的に利用してきた」と。そこまで指摘するのなら、政治部長か編集員が署名入りで「首相は解散権を誤用している。解散すべきではない」と、政局記事と連動して、記事を掲載すべきでした。それができない。

読売新聞は「首相に対する世論の反応は冷たく、支持率回復に結びつかなかった。国家財政が窮迫する中での減税は『人気取りにすぎないと見透かされた』(自民党閣僚経験者)ことが大きいとみられる」と。

そうした指摘を閣僚経験者の裏声ではなく、責任を負って記者自身の筆でなぜ書かないのか。政権批判を閣僚経験者の裏声(匿名)で報道しておけば、政権、官邸などから批判を受けないで済むからでしょう。政治ジャーナリズムの常套手段です。お茶を濁すの類でしょう。

世論調査によると、「物価高による家計の負担を感じていますか」の問いに「多いに感じる49%、多少は感じる37%」(読売、10月16日)で、86%が物価高に不満を持っています。ついでにいうと「多少は感じる」の「多少」の語感はよくない。「ある程度」が正しいのです。

さらに衆院の解散・総選挙については「来年度以降に行う33%、再来年秋の任期満了まで行う必要がない31%」が首相の思惑に反対なのです。首相のいう「車座の対話政治」が本心なら、世論の動きをみて、4年間の議員任期を全うする選択こそすべきなのです。

選挙をやるたびに、財政面からあの手この手の政策を打ち出し、財政状態が悪化する。しかも首相は「税収増を還元する」と胸を張りました。実際には税収は伸び悩んでおり、鈴木財務相が「減税すればその分、国債の発行が必要になる」と白状するありさまです。

さらに納税者全員に一律4万円(所得制限なし)、低所得層(課税最低限以下)の世帯には7万円の給付金を支給するといいます。低所得層向けにはいいにしても、定額減税までしたら、需要が増え、物価押し上げ要因なる。物価高対策費が物価を押し上げる。経済理論家はそういっています。

個人が持つ金融資産は22年に2023兆円で史上最高を更新しました。2020年は1870兆円でした。個人の現預金は22年は1100兆円、20年は1030兆円でした、3年で80兆円も増えています。そうした世帯向も定額減税の対象とすると、高所得層の場合は、国債がかれらの貯蓄に回るだけです。

岸田政権の経済政策の混乱ぶりは目に余ります。一方、異次元金融緩和の軌道修正が小出しの繰り返しで、大規模緩和が長期化するとみられて、相場は1ドル=151円まで値下がりしています。外国ファンドが低金利の日本で資金を調達して、外貨で運用すればボロ儲けできる。

ドル建てでみた日本の経済力は低下の一途です。GDPの国際ランキングでは、ドイツに抜かれて4位に転落です。26年には現在6位のインドが日本を抜いて5位に浮上する見通しです。政府、日銀が円安政策をとってきたため、輸入物価が上昇し、国際比較したGDPは下落する。

解散などを念頭に置かず、4年の任期満了を全うする方向に気持ちを切り替えたほうが、内閣支持率は上がるかもしれません。あわせて政治ジャーナリズムも目覚めてほしいのです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年11月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。