戦前の首相、平沼騏一郎が1939年、「欧州の天地は複雑怪奇」という声明と共に総辞職したことは日本の戦前史を少しかじった方ならご存知の方も多いと思います。独ソ不可侵条約が結ばれている中、防共から容共に転じたドイツが理解できず、平沼氏が政権運営を投げ出した話です。
私は日本的名言というか、代表的迷言の一つではないかとすら思っています。私がこれを勉強した大学生の頃、「日本の戦前史は複雑怪奇」という方が的を得ているのでないか、とすら思ったことがあります。
外交はなぜ、複雑なのでしょうか?
① 国々が抱えている国家形成と今日までの歴史
② 宗教的背景
③ 国民感情と諸外国との友好、敵対関係
④ 時の政権の姿勢
⑤ 社会全体の趨勢
もっとたくさんあると思いますが、これらの因子が複雑に絡み合い、外交は成り立っていきます。
イスラエルとハマスの戦いについては世界の世論は10月7日のハマスの侵攻からひと月強を経た今、大きく揺れています。国連は「Enough is enough!」つまりイスラエルよ、いい加減にせよ、という強烈な批判姿勢に転じていますし、ブリンケン国務長官もガザ地区の人権擁護によりエネルギーを注ぐ姿勢を見せています。国際的批判をかわすためでしょう。一方のネタニヤフ首相は意固地になってきています。そう、プーチン氏がそうであったようにネタニヤフ氏も手を下ろせなくなっている、そんな感じです。
日本は10月の侵攻当初、イスラエルへの同情派が多かったし、それをしないからG7から疎外されているのだ、と公然に述べる識者も多かったのです。が、それらの人たちはひと月たった今、それを口にしません。私は分からないことに手を出すな、口にするな、という趣旨のことを申し上げました。
外交とはそれぐらい難しいのです。ましてや大陸型の狩猟型の国民性と農耕型の島国ではまるでその尺度も緊迫度も違います。日本と英国は島国型とされますが、私はアメリカやカナダ、オーストラリア、ニュージーランドも島国型に近い要素を持っていると考えています。
最近、もう一つわからないことが起きました。オーストラリアのアルバニージー首相が中国を訪れ、習近平氏と和やかに会談し、貿易制限の緩和と正常化を確認したのです。日経は記事の見出しに「双方に打算」とし、産経は「習氏は豪側に対し『アジア太平洋を混乱に陥れようとする企てに警戒、反対しなければならない』と呼び掛けた」と報じています。
日本から見ると「あれ?日米豪印のクワッドの取り組みとはどういう関係?」の部分が理解できなくなると思います。多分、オーストラリアの立場は「今回は経済的分野の取り組みの見直しに過ぎない」というはずです。インドがロシアのウクライナの行為にけん制をしながらロシアから原油を買っているのも日本的な厳密な思想からすると理解できないわけです。
バイデン氏と習近平氏の首脳会談も今週、実現する運びとなっています。サンフランシスコで開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で習近平氏が訪米し、バイデン氏と会談するものです。王毅氏が事前すり合わせをしており、開催可能となったと理解してます。
その際、どのようなトーンの会談になるのでしょうか?緊張緩和トーンになるのでは、予想されています。通常、首脳会談では事前に内容は調整されており、双方の主張がぶつかり平行線になるのなら首脳会談そのものを実施しないのです。よって双方、それぞれの主張はするものの、会談による一定の産物があることが確実となるよう事務方の調整が既に終わっている、とみてよいでしょう。
日本は歴史的にも地政学的にも中国とは一定の関係があり続けます。そして私の見る日中関係は現在は歴史的水準からしてもかなり悪いとみています。特に水産物の輸入禁止は完全なる政治的判断であり、岸田首相も関係改善には苦慮しているとみています。政治的直接アプローチは中国から拒否られている感じがします。一方でメディアでの扱いは小さかったのですが、福田元首相が10月25日、中国で韓正国家副主席と1時間ほど会談しています。細い紐一本繋がっているという感じです。
日本が心しなくてはいけないのは世界の天地は複雑怪奇なのです。日本が誰とどのような同盟や連携、提携、関係強化を結んでいようとある日突然、それは180度転じることもあるのです。日本はその時にどうするべきなのか、しっかりした姿勢を維持できるのか、であります。
アメリカあっての日本と言いますが、アメリカはいつ何処でどう姿勢を変えるかわからないのです。外交的自立を目指すこと、そして世界とのリンクやネットワークはより緻密で高いレベルの関係維持を構築すべきでしょう。その為には日本が国際情勢に長け、最先端の情報をつかむ努力をしないと平沼内閣と同じことがまた起きないとも限りません。
世界は今、それぐらい複雑だ、ということです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年11月14日の記事より転載させていただきました。