欧米にビンラディンの亡霊が出現した

パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が先月7日、イスラエルとの境界網を破り、近くで開催されていた音楽祭を襲撃し、キブツ(集団農園)に侵攻して1300人余りのユダヤ人を次々と虐殺したテロ事件が報じられると、世界はその残虐性に衝撃を受け、ユダヤ人犠牲者に同情心や連帯感が寄せられた。だが、時間の経過に連れてその同情心、連帯感は薄れ、中東紛争でこれまでよく見られた「加害者」と「被害者」の逆転現象が起きていることはこのコラム欄でも報告済みだ(「『加害者』と『被害者』の逆転現象」2023年11月4日参考)。

ネタニヤフ戦争内閣の閣僚会議(2023年11月16日、イスラエル首相府公式サイトから)

軍事強国のイスラエルがハマス壊滅という目的でガザ地区に空爆を繰り返し、地上軍も導入してハマス退治に乗り出しているが、同時に、民間人、特に病人、女性、子供たちが犠牲となっている。そのシーンがテレビで放映されると、加害者と被害者の関係は急変し、ガザ地区を空爆するイスラエル軍が加害者、その被害を受けるパレスチナ側が犠牲者と受け取られ、テロ組織「ハマス」の蛮行は忘れられるようになってきた。それを受け、欧米社会ではパレスチナへの同情心、連帯感が叫ばれ、イスラエルへの批判の声が高まってきている。

米国のエリート大学ハーバードでは教授、学生たちがパレスチナ人を支援、反ユダヤ主義を叫び、一部ではテロ組織「ハマス」の奇襲テロ事件を称賛する声も聞かれるが、それらの教授、学生たちがそれゆえに処罰されたとは聞かない。一方、欧州でも若い世代に親パレスチナ、反イスラエルに同調する若者が出てきているが、ドイツでは反ユダヤ主義に関連する言動は現法によって処罰される。また、スイスのベルン大学の講師がハマスのテロを称賛したため即解雇されている。米国とナチス・ドイツ政権の戦争犯罪の舞台となった欧州ではその対応で違いが出てきている。

ところで、英紙ガーディアンは2002年、テロ組織アルカイダ元指導者オサマ・ビンラディンがアラブ語で書いた「アメリカ国民への手紙」を全英語訳で報じた。そこでビンラディンはなぜ2001年9月11日に米国を攻撃したかの理由を説明している。そのパンフレットが現在、イスラエルの対ハマス戦争を批判する多くの若者に熱心に読まれ、一部で称賛されているという。

ビンラディンはそのパンフレットの中でイスラム原理主義と反ユダヤ主義を特徴とする彼の世界観を説明し、さらなるテロを予告し警告を発している。なお、ビンラディンは2011年にパキスタンで米軍特殊部隊によって殺害された。

ガーディアンは20年以上たってから関心を呼び出したビンラディンのパンフレットの翻訳が、元の文脈なしにソーシャルメディアで広く共有されたとして、ウェブサイトから削除した。同紙は「当社のウェブサイトに掲載された記録は、完全な文脈が伝えられずにソーシャルメディアで広く共有されている。そのため、当社はそれを削除し、代わりに読者を文脈を踏まえた報告書に誘導することにした」と説明している。

ビンラディンの文書が米国のパレスチナ支持者らによって称賛されているという報告がX(旧Twitter)やその他のソーシャルメディアで広まった。人々に手紙を読むよう呼びかけた若者たちのTikTok動画が証拠となった。特に米国の多くの若いユーザーが、読書体験を短いビデオで報告している。エルサレム・ポストが書いているように、関連するハッシュタグ#LetterToAmericaは、#freepalestineに加えて、TikTok上ですでに400万回以上使用されているという。

TikTokの広報担当者は、「この書簡を宣伝するコンテンツは、あらゆる形態のテロ支援を禁止する当社の規則に明らかに違反している。当社はこのコンテンツを削除し、どのようにして当社のプラットフォームに掲載されたのかを調査している」と付け加えている。

以上、ドイツ通信(DPA)からの記事(11月16日)を参考に報告した。

ビンラディンの亡霊が欧米社会に現れ、10月7日のテロ奇襲を正当化し、反ユダヤ主義を煽っているわけだ。生きている人間が自身の政治的信条を拡散するために亡霊を目覚めさせることは危ない。亡霊や悪霊の存在を信じない人々にとっては理解できないかもしれないが、生前の恨み、憎悪を昇華せずに墓場に入った亡霊は地上で同じような心情、思想をもつ人間がいれば、そこに憑依し、暴れ出す危険があるからだ。欧米にビンラディンという亡霊が彷徨し出したのだ。

ウサーマ・ビン・ラーディンとアイマン・ザワーヒリー(2001年)Wikipediaより(編集部)


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。