国益、狭まる自国の開放度:アンチ自由貿易が生まれようとしている

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つまり時代の進化と共に自分が持っていた能力や知識が様々な形で財産化できることに気がついたわけです。

これを国家単位で考えるとどうでしょうか?19世紀にはリカードという経済学者が英国の毛織物とポルトガルのワインをベースに比較優位という学説を発表しましたが、長らく、国家の貿易は「自国にないものを得る」が基本的考えでありました。

英国とインドや中国の貿易ではインドからは木綿を、中国からは茶を輸入する一方、英国から売れるものはあまりなく、銀が英国から中国に流入、それを防ぐためにインド産アヘンを中国に売り込んだという歴史の教科書的な話もあります。

日本の場合は海外からの輸入に対して日本で産出した金で支払いをしていました。日本がジパングと言われたゆえんですが、日本は当時、バーター的な輸出が少なかったことで日本の金は枯渇したとされます。

それでも地球儀ベースでみると第一次産品の産出国や産業の勃興地に偏りがあったことで国際間の貿易は比較的二国間の取引であった時代が長く続きました。

ところがこの2-30年でその姿勢は大きく変わります。まず、第二次産業の産品は必ずしも特定地域にだけ偏在する時代は終わりました。特に製造業は地産地消という発想から企業が世界各地に工場や合弁を設立し、世界で同じクオリティの商品がごく普通に入手できます。ここバンクーバーではサッポロビールがカナダ大手ビール会社を所有し、サッポロビールを当地で生産するため地元のビールとほぼ同じ値段で購入でき、酒屋には常に山積みされています。

トランプ大統領の時代に大きく変わった点の一つに多国間協定から二国間主体の協定締結に変化したてんでしょう。理由は多国間では当該国利益が必ずしも極大化出来ないからです。TPPからアメリカが降りたのはその典型です。またアメリカ、メキシコ、カナダの自由貿易協定であるNAFTAを見直し、USMCAに作り替えたのもトランプ流でありました。そしてそれは今でも機能しています。

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更にアメリカはこの4-5年、産業のレパトリ(repatriation、本国回帰)を進めようとしました。これについては60-70年代頃に日本の自動車や鉄鋼、繊維との貿易摩擦に対してアメリカが国威発揚をしようとしたことと重なる部分もあります。(結果は成功ではなかったですが、意味はありました。)

中国は自国の資産である希少資源の輸出を拒みます。インドネシアは自国での産業育成のため、一部の鉱物資源を輸出禁止としました。チリは民間主導だったリチウムの生産を国家主導とし、外国資本の制限を検討しています。パナマでは外国資本の鉱山会社の便益を巡り国内の反対派の声を受け、国民投票を行うと大統領が述べています。

世界各国で工業製品の水平展開、製造が進む一方で一部の資源などに国家が介入する事態が当たり前になってきたのです。一昔前の言い方ではアンチ自由貿易であり、かつて忌嫌われたブロック貿易と似たような制限ある貿易社会が生まれようとしています。

理由は民間企業の積極的投資と努力の結果、自国経済の底上げがなされた後、国家が自国の利益を確保するため、希少資源などを民間ベースから国家資源に格上げさせ、企業から自由度を奪い、国家マターにするからです。

日本の山林が中国人と取引された、とあります。彼らは水資源を狙ったのではないか、とされます。水も重要な国家の基礎資源です。そして世界が暑く、乾燥しつつある中、水が豊富な日本は重要な資源を持っているのですが、日本人は当たり前だと思い、その重要性に気がついていません。私がカナダに来たばかりの頃、漁港でサーモンを売っていましたが筋子を欲しがるのは日本人だけでそんなものはいくらでもくれていました。今では立派な金額を取るようになりました。価値があると気がついたのです。

経済学的には貿易の制限と国益の過度の追求は世界経済にはマイナス効果となり、懸念されるべきですが、世界の二大大国であるアメリカと中国が似たようなスタンスを取り、ロシアも樺太の石油の権益の制約をするなど追随、ブラジルや南アフリカもその流れが見えることから制御不能に陥る可能性すらあります。

国益は大変広い範囲がありますが、その中の経済的便益だけでも多くの問題を抱えつつあります。「おおらかな時代」から「血眼な世界」にわずか数十年で変わってしまった、これが経済を見続けてきた者の大いなる懸念であります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年11月21日の記事より転載させていただきました。