ローマ教皇フランシスコは21日、ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵略して以来の戦争の恐怖を伝えるエフゲニー・アフィネフスキー監督のドキュメンタリー映画「Freedom on Fire」の上映会に出席した。このイベントはウクライナの民主革命「マイダン革命」(尊厳の革命)10周年を記念して開催されたものだ。映画は約2時間、ロシア軍のウクライナ侵略後の戦争の恐怖が実写で語られている。バチカンニュースは22日、同上演会の様子を報道した。
上演が終わると、参加者全員が立ち上がり、拍手した。最後列の席で映画を観ていたフランシスコ教皇は戦争下にあるウクライナでの残虐性と痛みについて「大変な苦悩だ」と吐露したという。教皇は、「戦争はわれわれ人類にとって常に敗北を意味する。私たちは多くの苦しみを抱えている人々に寄り添わなければならない。戦禍にある国民のために祈り、平和が一刻も早く到来するように祈ってほしい」と語った。
ちなみに、映画「Freedom on Fire」は、バチカンで今年2月、ウクライナ戦争勃発の日にローマ教皇の立会いの下で上映され、今月21日に再び一般公開された。11月21日は10年前、ウクライナの首都キーウのマイダン広場で自由を求めて蜂起した「尊厳革命」が始まった日に当たる。その革命を追悼するという意味合いがあって、2023年11月21日、革命10年目の日に映画が一般公開されたというわけだ。
戦争や紛争は世界の至るところで起きている。ウクライナ戦争やイスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦争だけではない。昔もそうだったし、21世紀の今日もそれが続いている。フランシスコ教皇は11月8日の一般謁見で「如何なる戦争も人類にとって敗北だ」と述べた。戦争を防ぐことができなかったという意味で、戦争はその時の人類にとって敗北を意味するというわけだ。
そして「戦争は始めるより、終わらせることのほうが難しい」といわれる。ひょっとしたら、ロシアのプーチン大統領自身が身にしみて感じていることかもしれない。バチカンでのドキュメンタリー映画の記事を読んでいて、戦争を始めた政治家、指導者はそれを早急に終わらせる義務と責任があるが、宗教指導者も同じだろうと感じた。特に、中東でのイスラエルとパレスチナ問題は宗教的な色合いが濃い紛争だ。単に、領土の問題ではなく、宗教とその信仰問題が紛争の背後で問われてきているからだ。
ハマスはガザの支配権やパレスチナ民族の領土返還を要求しているのではなく、ユダヤ民族の抹殺を目標としている。イスラエルの有名な歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏が指摘していたように、ハマスはもはやイスラエルとパレスチナの平和的共存などを願ってはいない。中東和平は彼らにとってユダヤ人抹殺の障害にすらなるのだ。
エルサレムからのメディア報道によると、「イスラエルとイスラム組織ハマスは22日、受刑者や人質の一部を解放するとともに、戦闘を少なくとも4日間休止することで合意した」という。実行は23日から開始される。ガザには、約240人の人質が拘束されている。カタール政府によると、ハマスがこのうち女性と子供の計50人を解放するのと引き換えに、イスラエルは同国内で収監しているパレスチナ人の女性や子供を釈放。イスラエル政府によると、ハマス側が追加で人質を10人解放するたび、休止を1日延ばすという(エルサレム発時事電)。
戦争当事国の間で「クリスマス停戦」、「イースター休戦」など重要な宗教の祝日を契機に戦闘を一時止めることがある。ウクライナ戦争でも正教会のクリスマスやイースターが近づく度にクリスマス停戦、イースター停戦が叫ばれた。ポジティブにいえば、紛争を行う政治家、指導者が国民的重要な宗教行事を利用して、紛争解決を実現しよとする試みと言えるわけだ。
戦争を終わらせるためには、政治家だけではなく、宗教指導者の責任も大きい。フランシスコ教皇のウクライナ戦争の和平調停の平和特使、イタリア司教会議議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は今月15日、説教の中で「戦争が起きている時、何もせずに静観などできない」と述べている。宗教家の偽りのない告白だ。
宗教指導者には、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、正教会、仏教など宗派の違いこそあれ、紛争や戦争が眼前で展開されている時、それを止めさせる使命がある。特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、正教会は「信仰の祖」アブラハムから派生した宗教だ。換言すれば、同じアブラハム家出身の兄弟といえる。兄弟同士が残虐な武器を持って互いに殺し合う戦争は本来、あってはならないのだ。
ウクライナで、そして中東で、戦争の火が一刻も早く消えることを願わざるを得ない。「アブラハム停戦」の実現のために、宗教指導者は可能な限りの手段を駆使してその使命を果たすべきだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。