日経の「誰でも手が届く老後資金1億円」記事の違和感

日経が老後に必要な資金は1億円と報じています。これは無職の65歳以上の夫婦がひと月に必要な生活費が約27万円(家計年報の数字)であることから平均余命にややバッファーをかけて夫婦95歳までの30年間生きる前提で計算されています。これを単純に掛け合わせると27万円x12か月x30年=9720万円となり、1億円の前提が出ます。但し、この老後必要な1億円の話は日経だけではなく他のメディアも含め取り上げていますが、小学生でも計算できる単純な前提の上に成り立っています。ただ、日経には続きがあって「誰でも手が届く2つの理由」となっています。誰もが1億円捻出に手が届く?これが私の違和感です。

日経新聞HPより

日経のいう2つの理由は実は3つで①年金が必要資金の6割をカバー、②退職金で1割をカバー、③退職時に3割に当たる3000万円の貯金があるだろう、というものです。これ、ずいぶん乱暴な話だと思います。なぜならサラリーマンでしっかり厚生年金を積み上げて、更にしかるべき退職金を払える企業に勤めた方が前提の上です。その上、退職時までに退職金を別に3000万円の貯金があるのを標準化して「誰もが届く」などと言うのは酷すぎる論理展開です。かつて2000万円の貯金問題で世の中に激震が走ったのにいつの間にか50%もインフレしているのですね。

日本では退職金が貰えるであろう正社員の比率は男性が78.7%、女性が46.4%(総務省調べ)となっています。仮に一家の大黒柱である夫の稼ぎに依存している場合でも約2割の人は自営業やアルバイト、非正規雇用などの理由で退職金はあまり期待できません。

次に退職金です。退職金の平均は大企業で大卒が2230万円、中小企業の大卒1119万円程度となっています。ただ、この大企業、中小企業という仕分け基準が割とあいまいです。就業者ベースで見ると雇用者1000人以上の企業に勤める人が全体の30.9%(三菱UFJリサーチ)となっています。つまり退職金は各自で相当ばらつきがありそうです。

最大の疑問は③の退職時に3000万円ぐらい貯金があるだろう、という前提です。金融広報委員会が発表している統計では60歳時の貯蓄額は平均1745万円ですが、中央値は875万円なのです。中央値とは分布上、一番多い金額です。つまりどこから3000万円が出てくるのか、なのですが、これが日経のひっかけ記事の部分で「24年に始まる新しい少額投資非課税制度(NISA)で資産形成のための『武器』がパワーアップする」とあります。つまりwishの話なのです。ちなみに60代で貯蓄ゼロは20%いる(金融広報委員会)とされます。

ここから類推すると日経のいう1億円とは65歳時に3000万円の貯蓄があり、1000万円程度の退職金を更に上乗せした上で月々夫婦で17万円の年金をもらうのが前提です。これを組み替えると家計の貸借対照表上の金融資産が4000万円、損益計算書で収入17万円、支出27万円、月10万円の赤字を貯蓄から補填するというのが単純化したストーリーです。

これを一般の方に提示すれば「えー!」と驚くより「ありえない」という反応が出ると思います。絵に描いた餅そのものです。そもそもNISAで資産形成せよというのは株をやれ、という話だと思いますが、日本人はセロトニンが少なくリスクマネーにお金を投じるのは極めて苦手。その上、日本の経済成長率が低位横ばいであるのに株価全体がグイグイ上がるわけがなく、個別銘柄選び次第で損にも得にもなるのです。

ではお前ならどうするのか、と言われたらまず、月27万円必要だという前提を崩すしかないと思います。内訳をみると光熱、医療、衣服、住居、娯楽費などは小さく妥当なのですが、改革できるのが食費67000円とその他50000円なのです。食費67000円は一日で2233円です。自宅で作る場合「どれだけ食べるんかい?」という話なのです。主婦の手堅い財布感覚、一定年齢になり食が細くなることを考えるとお金がふんだんにあるならともかく、ない人は無い人なりの生活があるだろうと思うのです。

次にその他50000円でこれには交際費が22000円含まれています。退職して10年ぐらいは元気なのですが、75歳ぐらいになると人付き合いはぐっと減ります。85歳を超えたら仲間はだいぶ「刃こぼれ」(=刃が毀れ⇒仲間が亡くなっていなくなること)しています。つまり年金や貯蓄の前提条件を満たす優秀で堅実な家庭であると同時に生活水準もしっかりしたレベルが30年続くという前提です。事業計画をエクセルシートで作った時、前提条件次第でどんな将来図も描けるのですが、そんなレベルの話だと思います。

私の見方は27万円という支出前提を全ての人に30年間続ける計算式がおかしいと思います。お前は最近、将来インフレになると言ったな、と言われれば年金はインフレスライドするとご返事します。よってここではインフレは加味しません。生活費を絞りに絞って月平均20万円の前提にすると30年で必要なのは7200万円、年金が17万円あればあと月3万円の赤字補填なので貯蓄は1080万円必要ということになります。これでだいぶ景色は変わったと思います。

国民年金の方はちょっと足りないですが、そうならば質素な生活をするしかないし、実際に私の周りではそれが高齢者のごく普通の生活に見えます。つまりメディアが報じる「〇〇円必要」という標準化されたストーリーほど惑わすものは無いということです。多くはFP(フィナンシャルプランナー)がいろいろ述べるわけですが、費消スタイルは100人100様です。統計で言うばらつきが大きいわけでそれをひとくくりにまとめること自体、無理難題、ナンセンスだと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年11月24日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。