雇う側が人を採用するのではなくて、人は、多くの場合、単に生活の資を得るために働くのであって、人が自分の生活の都合で企業の提供する職務を採用するのである。そして、このように考えないと、企業の立場からの選考基準が定まらない。なぜなら、職務が明確に定義されているからこそ、定義された職務に対する人の適性を論じ得るからである。また、職務が明確に定義されていることは、働く人にとっては、職務を選択する際の便宜であり、企業にとっては、組織構造の合理化の前提である。
働く人は、職務に魅力を感じて応募するわけではない。職務自体に魅力がないからこそ、企業は働く環境を魅力的にして、それを求人の武器にするのである。英語というか米語では、職務をジョブ、ジョブの対価をコンペンセーション、働く環境の魅力をベネフィットというが、コンペンセーションは、労働という不利益の正当なる補償という意味であるのに対して、ベネフィットは働く人の利益であって、これこそが人を引付ける魅力になっているのである。
ベネフィットの代表は企業年金と健康保険だが、新しい働き方の普及のもとでは、在宅勤務、ペット連れの勤務、子供の保育施設など、多種多様なものを考えることができる。働く人の立場で様々な自由と利便性を提供することにより、職務に適した人材を引付け、合理的なコンペンセーションとあいまって、働く人の就労意識を高めて生産性の向上を図ることにこそ、企業の人材戦略はあるべきなのである。
組織の期待と働く人の意思が一致したときに生産性が最大化するのだから、生産性改革の最上位の課題として、生きがいと働きがいとの一致という理想の追求があるわけだが、従来は組織の期待の方向から解が模索されたのに対して、これからは働く人の意思の方向から問題への接近がなされるのである。いうまでもなく、それが働く人を主語にしている働き方改革の本質である。
では、どのようにして働く人は働く意味を見出すのか。組織として、人は自分のために働くものであり、組織のために働くものではないという事実を正面から認め、働く人に対する期待を縮小、もしくは放棄するとき、人は自分自身の力で働く意味を見出すと考えるほかないであろう。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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