「医療崩壊で医療費・救急搬送が減った夕張市への批判」への反論

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佐々木淳医師の記事「病院がないほうが死亡率が下がる」は本当か?というX(旧ツイッター)の記事が話題になったのをご存知だろうか。

「いいね」が2000以上ついているので、かなり話題になったようだ。

何を隠そう、この記事を書いている筆者・森田洋之の夕張市の研究分析の間違いを指摘した記事なのである。

かなりの長さなので要約すると

医療崩壊した夕張市では、かえって医療費が減少し救急搬送が減った、と森田氏は誇らしげに言うが、それは単に透析患者など病弱で医療依存度の高い高齢住民が医療の充実した札幌などの都市部に転居することによって相対的に医療・介護依存度の低い人口集団が生じたからで、何の自慢にもならない。医療費は札幌などの夕張市外の自治体の負担に付け替えられただけだ。個々の市民の医療依存度を下げたわけではない。事実、夕張市の高齢者人口は減っている。

と言うわけだ。更に語気荒く、

全国の過疎地自治体が、このような「魅力的なデータ」があるにも関わらず病院を守り続けているのは、たぶん、このロジックの罠に政策担当者の多くが気付いているからだろう。 相関関係と因果関係は違う。朝食を食べない子どもの成績が悪いのは、「朝食を食べないことのよる栄養不足」ではなく、「朝食を食べさせてもらえない家庭環境」にその主たる要因がある。だから、学校で朝食を食べさせればいい、そんなに単純に解決できる話ではない。

と、何やら因果関係・相関関係の話まで持ち出して筆者を小馬鹿にしている。

夕張の話をすると必ずこのような批判が出てくるのだ…。

いい機会なので、本記事では、こうした意見について「ぜんぜん違うよ」という反論を展開したい。

実はこうした意見は何度も頂いているので、論点はほぼ潰している。

厚労省からの依頼で「社会保険旬報」にて詳細をレポートしているのでご覧いただきたい。

「夕張市の一人あたり高齢者診療費減少に対する要因分析」(社会保険旬報No.2584, 2014.11.1)

書籍では更に詳しく論じている。

破綻からの奇蹟: 〜いま夕張市民から学ぶこと

75歳以上高齢者は微増

佐々木医師が提示した資料は65歳以上の高齢者が減っている(だから医療費も下がるのは当然)というものだが、実は夕張市提供の資料では75歳以上人口は微増している。

65歳といえば、まだまだ現役と言う方々が殆どだ。総合病院や救急車に多くお世話になるであろう「病弱な高齢者」とは言えない世代である。

それらにお世話になりがちなのはやはり75歳以上の高齢者=「後期高齢者」である。

そして夕張市の後期高齢者の人口は財政破綻・医療崩壊後も全く減っていない。むしろ微増しているのである。もし市の医療費や救急搬送数に影響を与えるほどに「病弱な高齢者が市外に転出した」のなら、当然75歳以上人口も相当に減少しているはずであるが…統計データは逆に「微増」しているのだ。

つまり、市の医療費や救急が減少したことを、「病弱な高齢者が市外に転出したから」と考えるのは相当の無理があることになる。

死亡総数も変わらない

残念なことであるが、「医療依存度の高い病弱な高齢者」は死亡リスクの高く、死期に近い方々でもある。

もし彼らが医療費や救急搬送数に影響を与えるほど多数市外に転出したのなら、その帰結として「市民の死亡数」も減少すると考えるのが普通だろう。

しかし、統計はそうなっていない。

夕張市の死亡総数は財政破綻・医療崩壊の前後で殆ど変わっていないのだ。

つまりこの点でも、市の医療費や救急が減少したことを、「医療依存度の病弱な高齢者が市外に転出したから」と考えるのには無理があることになる。医療依存度の病弱な高齢者は、転出するのではなく市内にとどまって、そのまま死期を迎えた、と考えないとつじつまが合わない。

また、「病弱な高齢者」とは少し違うが、高額医療の代表格である「人工透析」の患者数も以下の通り、決して減っていない。ほぼ不変、と言うところである。透析患者が大挙して夕張市内から転居した(だから医療費が減った)というわけでもないことがわかる。

市外に入院しても、施設に転居しても医療費は夕張市のまま

佐々木氏は「医療費は札幌などの夕張市外の自治体の負担に付け替えられただけ。」と言うが、それも違う。

百歩譲って、仮にこうした透析患者などの病弱な高齢者が夕張市外の病院に入院したり、高齢者施設に転居したりしたとしよう。その場合の医療費がどうなるのかと言うと、実はそのまま夕張市が負担するのである。

まず、市外の病院に入院する場合。

基本的に入院は転居ではない。入院を契機に住民票まで移す方はそういないだろう。この場合、もちろん当該患者の医療費は夕張市負担のままだ。

また、仮に入院後に夕張の自宅に戻れず市外の高齢者施設に入居となるとしよう。実はその場合でも「住所地特例」という制度により患者さんの医療費は旧住所の自治体(夕張市)の負担となる。このことは入院を経由せず自宅から直接市外の高齢者施設に入居しても同じだ(これの制度は、お金をかけて高齢者施設を充実した地域がかえって医療費負担を増してしまうことを防止するものである)。

夕張は「支える医療」に転換した

では、なぜ夕張市で医療費や救急搬送が減少したのか。

それは、財政破綻直後の医療を請け負った故・村上智彦医師の主導で行われた「病院中心・急性期医療中心の医療体制から、在宅医療・生活を支える医療・介護の充実へ」という医療の本質の転換によるものだ。

高齢化率日本一の夕張市に必要なのは、手術などの高度医療機器による急性期医療にもまして、高齢者の生活を支える在宅医療と介護だと判断し、そちらに移行した結果なのである。(実はこれはヨーロッパなどの先進各国では当たり前に行われているプライマリ・ケアという医療制度の一部であり、プライマリ・ケアの欠如により日本の病院・病床数は異次元の世界一、英米の約5倍となってしまっている。)

もちろん、治療が必要な急病や大怪我などの場合は市外の急性期病院へ搬送し治療を依頼する。ただ、高齢化率日本一の夕張市ではそうした需要は殆どなく、それ以上に「最期まで自宅で生活したい」という希望が殆どだったのである(積極的治療をしない判断をする方が多かったのに、総死亡数の増加などが起きなかったのはある意味すごいことである)。

死因の付け替えは?

また、佐々木氏は、

心不全や肺炎による死亡が減ったのは、積極的治療をやめたことにより、これらの疾患が「老衰」という概念に包含され、病名としての記載頻度が減った、というナラティブな成果なのではないか。

と言うが…実はこれはそのとおりである。

そもそも医療崩壊の前の夕張市では、「老衰」の死亡診断が殆ど行われていなかった。年によっては「老衰死」がゼロ件の年も多く見られた。

これは、総合病院が存在した当時の「救急・急性期医療中心の世界観」によるものだ。

90代で徐々に体力が衰えて、寝たきり・要介護状態になってきたご高齢の方々の中には「老衰」としか言えない状態の方々も少なくない。そんな、本来「老衰」の状態にある方々も、亡くなる直前に病院に救急搬送された病院の救急医にしてみれば「老衰」と診断しにくいのである。その前の徐々に衰えてきた状態を何も知らないのだから。検査すれば呼吸機能や心臓の衰えは見つかるので、「肺炎」や「心疾患」の診断になりやすいのである。

一方、医療崩壊後は、村上医師の主導のもと、「高齢者の生活を支える在宅医療」が展開された。そこでは医師が患者・ご家族と膝を突き合わせ、腹を割って話し合い、「最期までどんな人生を生き切りたいか」を話し合う。だから「老衰」の診断も可能になるのである。

その意味では、死因は「肺炎・心疾患」から「老衰」に付け替えられた、と言ってもいいだろう。

以上が、「医療崩壊で医療費・救急搬送が減った夕張市」への批判への返答である。

科学的な統計データを元にした正当な反論を期待したいところだ。

(札幌の病院で夕張から来た透析患者さんを見たことがある…みたいな一例報告・個人の感想レベルのお話は勘弁していだきたい)

【以下はおまけ】

佐々木氏との個人的な経緯

そもそも筆者と佐々木医師は在宅医療という共通の業界にいる旧知の間柄である。

佐々木氏がわざわざ鹿児島まで来てくれて、この主張を書籍に掲載していただいたこともあった。また筆者が佐々木氏の依頼で鹿児島から東京まで赴いて「在宅医療カレッジ」という勉強会で講演させていただいたこともある。もちろん懇親会などでは非常に親しくお付き合いさせていただいていた。

その佐々木氏が一転、ここ2〜3年でSNSや新聞紙上などの公の場で突如筆者への批判を展開しだしたのである。

当時は筆者の主張に共感していたのに、なぜ今彼は様々なメディアで執拗に反論・攻撃してくるのだろうか?

そこには、医療業界の悲しい風土が関係していると思われる。

というのも、筆者・森田洋之はコロナ対策・ワクチン被害などにおいて、医療業界の全体調和を乱す発言を繰り返していて、残念なことに医療業界の中ではかなり浮いてしまっているからだ(当人は別に残念にも思っていないのだが(^_^;))。

医療業界には「他医を批判しない」という強固な不文律がある。彼らは業界内で一致団結、仲間割れを起こさない…つまり仲良し村社会なのだ。そしてその強固な仲間意識がある分、そこから外れたものには一斉攻撃を仕掛ける。記憶に新しいのは抗がん剤治療の否定にもつながる「がん放置療法」を提唱した近藤誠医師に対する医学界からの総バッシングだ。

筆者も、ワクチン開始後に日本人の死亡総数が激増しているとか、高齢者を守ると言う感染対策がかえって高齢者を籠の鳥にして苦しめている…など、医療業界の方針とは真逆の主張(全て本当なのだが)を繰り返している。もちろん医療業界からの風当たりは相当に強い。昔の仲間は一斉に去っていった。

佐々木氏の変調もおそらく、その流れの中の一つなのだろう。味方認定から敵認定に変わった、アイツなら叩いて問題なし、という医療業界の空気に乗ってのことなのだろうが、あまりの変貌ぶりに残念な気持ちでいっぱいだ。

せめてこの記事に対して、科学的データで正式に反論してほしいものである。