こんにちは。
来年は大統領選挙の年ということで、民主党系の経済学者たちが一生懸命「アメリカ経済絶好調、このままバイデン政権でいい」というキャンペーンをくり広げています。
金融市場以外ではほとんど好況を実感できるような産業分野はなさそうですが、アメリカ経済の中でもとくに一般大衆の生活に直結した労働市場のデータを調べていくうちに、アメリカで働き盛りの男性たちが急激に勤労意欲を失いつつある実態が浮かび上がってきました。
そこで今日は、まず「アメリカ経済絶好調」説の根拠が非常に薄弱だという事実を指摘するとともに、アメリカ国民の大多数を占めるふつうの勤労者のありのままの姿をお伝えしようと思います。
「第3四半期実質GDP5.2%の伸び」はほんとうか?
まず、11月に2023年第3四半期の実質GDP成長率が、前期(第2四半期)比で年率換算すると5.2%になったと発表されました。四半期でも月次でも直前の期と比べた成長率は、比較対象がパッとしない数字だと、年率換算ではかなり大きなプラスになります。
やはり直前の期との比較ではなく、前年の同じ期との比較を見るべきでしょう。それが、次のグラフのうち黄土色の折れ線です。
5.2%というような景気のいい話ではなく、ぎりぎり2%の低成長だったことがわかります。さらに、このGDP成長の中身が問題です。というのも、実質国内総所得(GDI、藍色の折れ線)のほうは前年同期比でマイナスになっているからです。
GDPはプラスなのに、GDIはマイナスということは、生産高には勘定されたけれども、所得には勘定されなかった分野がかなり大きく伸びていて、その分野をのぞくとGDPもマイナスだったはずだということになります。
さて、総生産には数えるけれども総所得には数えないものというと、いったいなんでしょうか? 在庫の増加です。在庫拡大も生産量に入りますが、まだ在庫のうちはだれの所得にもなっていません。だから、GDPはプラスだけど、GDIはマイナスとなっていたのです。
どんなときにこういう状態になるかというと、企業は「景気がいいから売れる」と思って生産量を増やしたけれども、売上はあまり伸びなかったので「結果として在庫投資が拡大した」というケースが多いようです。
実際、前回GDPはプラスなのにGDIはマイナスとなったのは、国際金融危機が勃発する直前の2006~07年でした。
というわけで、前期比年率換算5.2%の実質GDP成長率には、前の期が弱かっただけであまり製品やサービスが売れていたわけではないとわかりました。しかし、失業率のほうは第二次世界大戦後のアメリカ経済の中では最低と言えるほど低い失業率だと喧伝されています。
こちらの実情はどうなのでしょうか?
でも労働市場は絶好調?
まず、1980年以降のアメリカの失業率推移を示すグラフをご覧ください。
たしかに、過去43年間で見れば最低の失業率になっています。さらに、次の2段組グラフを見ると、たんに雇用者数が増えているだけではなく、時給も民間産業全部門の平均で上がっていることも確認できます。
ただ、これは時間軸の切り取り方ひとつでやってのけたマジックのようなものです。
2020年春の第1次コロナ騒動勃発以来、2020年暮れまでのアメリカの労働力市場は一時15%に迫るほど失業率が上がり、賃金も下がっていました。それが、2021年の年初から徐々にふつうの日常生活に戻り始めたので、労働力市場も確実に改善していたというだけです。
では2021年以来の着実な改善で、コロナ前の趨勢だった雇用水準が回復できたかというと、残念ながらそうなっていません。
上段は民間非農業部門の雇用者総数です。第1次コロナ騒動の頃に1200万人ほどが職を失ったわけですが、それ以前には安定して雇用者数が増えていた趨勢が、平常どおりの経済になって回復できたわけではありません。
下段には雇用者総数に対する求人数の比率が出ていますが、2021年前半の7%台をピークにして、その後は下がり気味です。
「失業率はさらに下がっていて、求人数の失業者数に対する比率は高止まりしているから労働力市場は堅調」とおっしゃる方もいるのですが、これはあまり信頼できる指標ではありません。
毎週1度は求職活動をした証拠を示さないと失業手当をもらえないという理由で失業者の数はかなり正確ですが、企業が商売繁盛しているふりをして求人広告を出して実際には採用しなかったような場合でも罰則規定はないからです。
そのあまり信頼を置けない求人数も、2021年後半以降は明らかに減少に転じています。やはり労働市場で活況が続いているという主張には、かなり無理があります。
失業者数よりずっと深刻な労働力参加人口の減少
さて、失業者と数えてもらえるのは定期的に求職活動をしている人だけとなると「どうせ探してもあまりいい仕事はなさそうだから、もう求職活動はやめよう」ということにした失業者は、どうなるのでしょうか。
失業者の人数には数えずに、労働力市場から脱落してしまった人と数えられて、その分労働力人口が減少することになります。そして第1次コロナショックの際には、この労働力市場から脱落してしまった人の数が異常に多かったのです。
ご覧のとおり、非労働力人口が2020年初めに突如約800万人も増加しました。まだ幼年期から少年期なので働いていない人たちの数も、引退して仕事をしなくなった高齢者もこんなふうに激増はしません。
この800万人の大半はコロナで職を失ったけれども、次の職を探す努力をしなかった人たちでしょう。そして、そのうち約300万人分は非労働力人口が減少しましたが、いまだにコロナショック前より約500万人非労働力人口が増えたままなのです。
なぜ再就職をあきらめて非労働力人口のままでいる人が多いかというと、やっぱり次の職があまりにも低賃金だったり、きちんと継続的に勤めることができないような身分の不安定な仕事になってしまうことが多いからだと思います。
その証拠として、雇用者数全体の増え方は非常に緩慢なのに、2つ以上の職を掛け持ちしている勤労者の数は急激に増えているのです。
この勤労者総数に占める比率ではどのくらい人数が増えているかわかりませんが、第1次コロナ騒動の中で一時320万人を割りこんだ掛け持ち勤労者の人数は直近では500万人に達しています。この人数は、比率ではピークだった1997年の480万人より多いのです。
さて、このグラフを引用させていただいたミドル・モリーさんは熱烈な民主党支持者でして「今アメリカは未曽有の好景気で、勤労者は欲しければいくつでも職を持てる」とおっしゃっています。
でも、レストランの食べ放題メニューじゃあるまいし、好き好んで同時にいくつも仕事を掛け持ちしたいと思う人がそれほど増えているのでしょうか。
アメリカは日本とともに、ヨーロッパ諸国に比べると男女間の賃金や給与に格差の残っている国です。
そのアメリカで掛け持ち勤労者総数とそのうち女性だけを比べてみると、やはり仕事ひとつでは必要な所得が得られないのでやむを得ず2つ以上を掛け持ちしている人が多いのだろうと推測がつきます。
上段が掛け持ち勤労者の総数で、下段がそのうち女性だけの人数です。ご覧のとおり直近で500万人に達した掛け持ち勤労者のうち、92%に当たる460万人は女性だったのです。
日本もそういう傾向があって改善が必要ですが、アメリカでも女性の賃金水準が低いうえに、ひとつの職場では生活を支えるのに十分な労働時間をこなすことができないので、しかたなく2つとか3つとかの職を掛け持ちしているケースが大部分だと思います。
労働生産性も長期サイクルの大底近辺
「コロナ騒動後かなり落ちこんだ労働生産性にも回復の兆しが見える」というご意見もあります。たしかに短期的な視点からはだいぶ上向いてきたように見受けられます。
2023年の実績は、2022年よりずっと良くなっています。でも、2018年第1四半期~2019年第4四半期の平均成長率が1.8%だったのに比べて、2019年第4四半期~2023年第3四半期までの平均成長率は1.5%ですから、やはり低迷が続いていると見るべきでしょう。
もっと長期的な視点から見ると、コロナ騒動直前の丸2年間の1.8%という年間成長率さえ、大底付近の非常に低い水準なのです。
こうして長期的に眺めてみると、2020年は決してコロナ騒動で一時的におかしくなったのではなく、1980年代前半のスタグフレーション(不況下の高インフレ)のどん底と同じくらい労働生産性の伸び率が下がっていた時期だとわかります。
その理由は、一般的には「2007~09年の国際金融危機で資産バブルがはじけてから、あらゆる産業分野でレバレッジ(借金)を圧縮せざるを得なくなり、大規模な設備投資や研究開発投資ができなくなったことだ」と言われています。
ですが、私は先進諸国の消費対象がどんどん製品からサービスに移行していく中で、大規模投資をするチャンス自体が激減していることが労働生産性の成長率が低下している最大の理由ではないかと思います。
またスタグフレーション期には株価も正直に低迷していたのに対して、国際金融危機後は実体経済の低迷をしり目に金融市場だけが活況を続けていることも、いずれやってくる金融業者の連鎖破綻の被害をさらに大きくするのではないかと危惧しています。
「景気がいいのに財政赤字を増やしている」説の本末転倒
というわけで、少なくとも実体経済に関するかぎりアメリカの景気はちっとも良くないことはご理解いただけたのではないかと思います。
ところがアメリカの金融業界でもどちらかというと共和党寄りの人たちは「好景気」説は受け入れた上で「こんなに景気がいいのに、バイデン政権は財政赤字をさらに拡大している。けしからん」という論陣を張っています。
そもそも失業率が下がったのはもう次の職を探す努力をしなくなってしまった「元」勤労者が増えたためであって、景気が良くなったからではないことを理解していない点で、すでに論争に加わる権利を放棄したような議論です。
ただ、政府の肥大化が景気と無縁に進んでいることは、次のグラフからも読み取れます。
藍色の横棒が並んでいる中で、上から2番目の政府部門の雇用増加だけは水色になっています。そして、今年の年初から11月末までで30万人以上雇用が増えたのは、ヘルスケア、政府、余暇・接客だけです。
政府自体の雇用を増やせば、政府支出は恒常的に増加します。政府のお役人たちの給与を「景気が悪いときだけ増やして、景気が良くなれば減らす」わけにはいきませんから。政府職員は一度増えたら、それが既得権益になって延々と財政の重荷になるのは確実です。
もうひとつ、このグラフで1位のヘルスケアと3位の余暇・接客には共通点があります。ヘルスケアでは、重労働なのに低賃金の介護関係の雇用が増えているし、余暇・接客は昔からチップをもらえなければ世帯を維持できないほどの低賃金の仕事が多いことです。
そして、現代アメリカの労働市場はまさにこの低賃金で身分の不安定な重労働の仕事が増えているという理由もあって、圧倒的に海外生まれの人の雇用が増えているのに対して、アメリカで生まれ育った人たちの雇用は停滞している傾向が顕著です。
海外生まれの雇用ばかりが激増するアメリカ労働市場
次の2段組グラフでは、とくに下段の指数化した雇用者数推移にご注目ください。
約3年半で海外生まれの雇用者数は8.8%伸びているのに、国内生まれの雇用者数はわずか0.8%の伸びにとどまり、ほぼ横ばいでした。さらに、この0.8%の伸びも、じつは女性がかなり顕著に伸びる一方で、男性はまだ2020年2月の水準さえ回復していないのです。
ご覧のとおり、25~54歳という働き盛り年齢の男女別労働力参加率を見ると、非常に大きな差があります。
男性の労働力参加率は、2000年のピークの92%台からコロナショック時の86%台まで下落したあと、直近でも88%台半ばまでしか回復していません。雇用者数でも、アメリカ経済が平常運転をしていた最後の月、2020年2月の水準を奪い返していないのです。
女性の労働力参加率は、すでに2000年の天井だった77%台を回復しています。コロナショック時の73%台半ばを大幅に上回っているだけではなく、わずかですが2020年2月の水準より高くなっているのです。
それにしても、21世紀に入ってからは、働き盛りのアメリカ人男性の勤労意欲が急激に低下しています。それは西欧諸国やカナダとの比較でも歴然としています。
1995年の時点で、すでにアメリカ人働き盛り男性の労働力参加率はやや低めでしたが、極端な低さではなかったのです。2001年以降は、ほぼ毎年イタリアと最下位争いをするようになってしまいました。
イタリア人男性なら「仕事なんかしなくても、人生やりたいことはいろいろある」という人が多そうな気がしますが、アメリカ人男性から仕事を取ったらいったい何が残るんだろうと首をかしげてしまいます。
リベンジ消費ならぬやけっぱち消費?
ひとつの可能性としては、金利が年率で20%を超えるクレジットカード債務をしょいこんででも消費を拡大しているのではないかということです。
西欧・北米諸国の中で働き盛り男性の労働力参加率がいちばん急激に低下しているアメリカが、実質個人消費指数ではいちばん大きく消費を伸ばしています。
奥さんはなんとか家計を健全に維持しようと2つ、3つと仕事を掛け持ちして忙しく働いているのに、旦那さんのほうは「低賃金の仕事はバカバカしくてできない」と家でゴロゴロしていて、たまにクレジットカードで衝動買いをしてしまう、といった崩壊寸前の家庭像が浮かんできます。
ここまで殺伐とした世相になっている根本原因は、アメリカ経済があまりにも豊かな人には優しく、貧しい人にはきびしい社会をつくり出してしまったことにあるのではないでしょうか。
所得水準がトップ10%に入る人たちの実質可処分所得中央値は世界でいちばん高いのに(それとも高いから?)、飢えるリスクにさらされている世帯の比率は先進諸国の中で突出して高い、そういう国がアメリカです。
節約や禁欲は死語の世界?
節約とか禁欲とかは何もしないのかというと、けっこう深刻なところで節制をしている気配もあります。
直近10年間に起きたアメリカの人口増加率急低下は異常です。とくにアメリカは合法・非合法をふくめて、毎年かなり多くの移民を受け入れている国です。
そのアメリカで、人口増加率が全体で年率0.2%を切っているというのは、自然増(出生する赤ちゃんの数マイナス亡くなる人の数)はもうマイナスに転じているのではないかという疑問が湧いてきます。
先日『中国経済をどう見るか?』と題したYouTube映像で、中国の若者たちが「恋愛せず、結婚せず、子どもをつくらず、家を持たない」というかたちで現代中国社会に対する抵抗運動を始めたことをご紹介しました。
現在、すでに結婚している若いカップルのあいだで子どもをつくらないというかたちでアメリカ社会に対する消極的な抵抗運動をしている人たちが増えているのではないでしょうか。そう感じるほど人口増加率は急落しています。
エスタブリッシュメントの対応策はお粗末
アメリカで現体制が存続することに利益を見出している人たちのこの抵抗運動への対応策は、私の目に入ったかぎりではあまりにもお粗末です。
次のグラフが示唆するように「ドル価値が万年インフレで目減りするのは前提として、まじめに働いてもこの貨幣価値の毀損のペースに張り合うことはできないから、アメリカ経済を代表する株価指数を買いなさい」というのです。
「過去30年で1ドルの購買力は47セント分に目減りしてしまったが、S&P500を買っていれば8.6倍に値上がりしていた。だから、株を買って資産形成を」というわけです。
まず、安全なポートフォリオ分散ができそうもない少額資金で株を買えば、ほとんどの個人投資家は1~2度見通しを誤っただけでかんたんに投下資金を失ってしまいます。だから、アメリカを代表する大手企業を網羅した株価指数を買うことは一見合理的です。
でも、証券会社の推奨レポートには必ず但し書きとして出てくるように「過去の実績は将来のパフォーマンスの保証ではありません」という問題があります。「S&P500に長期投資をすれば、確実に上昇する」という時代が長く続きすぎたのです。
現在の米株市場は、業績のいい株は割高過ぎ、割安な株は業績が悪すぎる状態がもう3~4年続いています。今ごろになって個人投資家に株を勧めるのは、大手機関投資家が安全に手じまい売りをすることを助けるためとしか思えません。
それにしても、働き盛りで労働力市場から脱落してしまった人たちは、いったいどこで何をしているのか、まさに現代アメリカ経済のブラックボックスというべきでしょう。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年12月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。