生成AIの花形企業、エヌヴィディアに不正取引・粉飾決算疑惑浮上

増田 悦佐

こんにちは。

過去1~2年にわたってアメリカの株式市場を独力で盛り上げてきた感のあるエヌヴィディアに深刻な不正行為を行っていたのではないかという疑惑が持ち上がっています。

ここ2~3日ほど「米株市場は、中国政府が政府職員のiフォン使用を禁止するとの指示が出たため、アップルに引きずられてハイテク分野全体が下がっている」との声をひんぱんに聞きます。

しかし、私はこの認識自体が一種の目くらましであって、ハイテク分野全体が下がっている主因は直前予想を大幅に上回る決算を出したエヌヴィディアがその後じり安となっていることではないかと思っています。

エヌビディア本社 Sundry Photography/iStock

今年上半期のエヌヴィディアの圧倒的な存在感

まず次のグラフをご覧ください。


GAFA+やFANG+やFAAMNG+と言うより、最近ではマグニフィセント7という表現が定着しているようですが、今年もまたS&P500の好調を支えているのは時価総額が巨大なハイテク大手たった7銘柄なのです。

その中でも「出世頭」と衆目の一致するところが、去年の今ごろは時価総額が4000億ドルを割りこむところまで下げていたのに、今年に入って1兆ドルクラブの仲間入りを果たしたエヌヴィディアでしょう。


たった半年で200%弱の上昇で株価が3倍近くに膨れ上がるのは、流通株数の少ないいわゆる仕手株ならそれほど珍しいことではありません。ですが、時価総額で3000億ドル台から1兆2000億ドル台まで半年で駆け上ったというのは、エヌヴィディアが史上初です。

長かったエヌヴィディアの雌伏期

ですが、エヌヴィディアにもどんなに株式市場が好調でも精々株価は20ドル台で頭打ち、下がればたちまち1ケタになる時期がありました。

しかも1999年1月の上場から、2016~17年に暗号通貨採掘業者や真剣なゲーマーたちがグラフィックス・プロセシング・ユニット(GPU)というこの会社が得意としている製品を大量に買いはじめるまで、長い低迷期が続いていたのです。


縦軸の目盛りが対数になっているので、浮沈はあっても着実に右肩上がりを続けてきたように見えます。でも、その対数目盛りを見ると20ドル台を突破するまで17~18年かかっていることに気づきます。

その後の動きも決して順風満帆ではなく、2021年に一度時価総額8000億ドルを超えてから翌2022年の秋には4000億ドル台を割りこむという小型株並みの乱高下も経験しています。

小型株が乱高下するのは、時代の風潮やテーマに合った事業をしているように見えるから、買い進まれてしまったけれども、業績がついてこなかったので暴落したというケースが多いようです。

エヌヴィディアの場合も、2021~22年にかけてはその例に漏れない乱高下でした。

そろそろ機関投資家のあいだで生成AIが話題になり始めたので、GPUではしっかりしたニッチを持った会社だから大丈夫だろうと買ってみたら、ゲームや暗号通貨分野での売れ行き不振の影響のほうが話題先行のAIによるプラスより大きく、株価も下がったわけです。

ところが今年はまったく違いました。次の2段組グラフにはっきり出ているとおりです。

去年の12月から今年の9月初めにかけて、情報テクノロジーセクター全体の時価総額が2兆4000億ドル上がったうちの3分の1を超える8400億ドルはエヌヴィディア1社の株価上昇がもたらしたものだったのです。

去年とは様変わりに好調な米株市場

2022年は大手ハイテク株が伸び悩むどころか、メタ(旧フェイスブック)やテスラのように一度入会した1兆ドルクラブから脱退しなければならないほど大きく下げたハイテク大手株もありました。

今年は非常に順調に株価が上がっているように見えますが、その好調がほんの一握りの時価総額の大きなハイテク企業に支えられているという事情は、変わらないどころか一層強まっています


しかも、今年の相場で100%を超えたり、それに近い値上がりを示しているハイテク大手株はメタ、テスラ、エヌヴィディアといずれも去年かなり大きく下げた銘柄なのです。

ただ、その中でメタやテスラはまだ史上最高値を更新するほどの伸びではなかったのですが、エヌヴィディアだけは機関投資家がこっそり狙っていたAIバブル相場の頃に記録した最高値の約1.5倍という高水準で史上最高値を更新しているのです。

半導体不況の中でなぜこんなに好調?

半導体業界全体を見ると、世界的に低迷が続いています。


つい先日発表された今年第2四半期の世界半導体売上総額も、前年同期比17.4%減と下げつづけています。

また、世界中のファブレス(工場を持たない)半導体メーカーに超微細化技術で突出した製品を供給している台湾半導体の今年第2四半期決算も、売上、EBITDA、純利益すべて2四半期連続で前年同期比がマイナスでした。

その中でエヌヴィディアだけが、生成AIには不可欠の大容量GPUを供給しているので、業績が急成長を続けているという話になっています。でも、次の表をじっくりご覧ください。


今年の第2四半期(2023年4~6月、ただしエヌヴィディアだけは決算期が毎年2月から翌年1月までとなっているので、2023年5~7月)の行を隠してしまえば、GPUを製造販売している大手3社のうち、エヌヴィディアだけが突出して売上を伸ばしていると言えるでしょうか?

「でも、今年の第2四半期で実際に前年同期比で2.7倍、前期比でも2.4倍に増えているんだから、やっぱり半導体不況の中でもエヌヴィディアだけは売上が急拡大してるじゃないか」というご反論はあるでしょう。

しかし、この爆発的な売上拡大のうち、約4分の1が架空売上と言われても仕方がないほど怪しげな売上だったとしたら、それほど強気になれるでしょうか。

粉飾決算に近い異常な取引

この問題の火付け役となったサマンサ・ラデュックによるX(旧Tweet)への投稿を訳文付きでご覧いただきましょう。


エヌヴィディアは、今年の7月に〆た決算でデータセンター部門売上が直前のコンセンサス予想より23億ドルも高く出ていました。

ところが、この23億ドルという大きな差は、たった1社の注文に応じて納入した分で、しかもコアウィーヴというその会社は、それだけ巨額の購入をする資金を全額ブラックストーンを主幹事とするシンジケートからの借り入れで賄っていたというのです。

これは、どう考えても普通の商取引とは言えない不可解な取引です。

企業がこれだけ巨額の資金を投じて他社の製品を買ったら、当然それを事業活動に使うはずでしょう。いつ担保権を行使されるかわからない状態でその製品を使いつづけられるものでしょうか

それ以上に不思議なのは、融資をする側の態度です。

使っていれば当然目減りするだけではなく、技術がどんどん進んでいるので時間が経つだけでも減価していくハイテク製品を、借り手がメーカーから買ったときとまったく同じ価値を持つ担保として受け入れているのは、自社の株主や従業員に対する背信行為ではないでしょうか。

さらにエヌヴィディアにとっては製品の買い手であり、シンジケート団にとっては融資の借り手であるコアウィーヴという企業が、自称「小さいけれども安定したニッチを持ったクラウド運営企業」と名乗っているだけで、ほとんど実績がなさそうな会社なのです。


こんな会社が主要顧客だとしたら、その他の顧客はいったいどれほど極小企業ばかりなのかと心配になる顔ぶれです。

インサイダーも自社の急成長を信じず

というわけで、どうやらエヌヴィディアの社内でもインサイダーとして自社株の取引についてきちんと報告する義務を負っている人たちは、長い株価上昇期間を通じてまったくと言っていいほど自社株を買っていません


それはまあ、株式市場と言えばストックオプションで安く手に入れた自社株を売るために存在すると思っている企業経営者が多いアメリカではふつうのことなのかもしれません。

ただ、注目したいのは2022年の第4四半期(10~12月)の株価が150ドル近辺に下がっていたときでさえ、今のうちに売っておいたほうが安全だと考えるインサイダー(経営幹部)もいたという事実です。

ブラックロック首謀者説はありか?

私は、このかなり異様な取引を陰で操っていたのはブラックロックではないかと見ていました。2021年の年末エヌヴィディア株が300ドル台に乗せた頃大量に仕込んでしまって、半値以下になったのでなんとか株価を戻そうと売上を膨らまさせたという筋書きです。

でも、次の保有株数推移を見て、そこまで短期的な悪あがきをする必要はないことがわかりました。


なんと持株の大多数をなかなか株価が20ドル台に乗せられなかった低迷期に買っていたので、後入れ先出しにしてもコストは20ドル台前半と、売り値が150ドル前後でもたっぷり益を出して売り抜けることができます。

ただ、いくらコストが安かろうと売り値は高ければ高いほど儲かるわけですから、首謀者ではないとしても一枚かんでも刑事訴追を受けたり民事で和解金を払わされたりするほど出しゃばらずに済むなら、株価引き上げ作戦に同調するのはたしかでしょう。

そして、現代アメリカの証券・金融監督行政はまったく大手金融業者の言いなりですから、ほとんど警戒心を持つ必要もなく、協力していたことでしょう。

コアウィーヴの経営陣は現代アメリカの縮図

いや、大手金融業者ばかりではなく、小悪党集団がなかなか悪だくみが成功しなくても辛抱強くあれこれ試していれば大当たりのくじを引くチャンスもあるのが、現代アメリカの金融業界です。コアウィーヴ経営陣の略歴がまさにそういう人生を物語っています。

天然ガス先物にしても、暗号通貨の採掘にしても、違法性の薄い事業をしているうちは、炭素排出権取引のようなうま味はなかったでしょう。

ですが、実際に現場で暗号通貨を入手するための計算を大量にやっている作業員にせっつかれて高性能のGPUを買っておいたのが役に立って、一応クラウド事業の体裁を整えた架空取引によって大金をせしめるチャンスを獲得したわけです。

なぜそれだけで大儲けするチャンスになるかと言えば、この架空取引の首謀者たちは「これが架空取引でないことを証明する」ために、かなり高い評価でコアウィーヴの上場をおぜん立てしてくれているからです。

それにしても、コアウィーヴの経営首脳陣3人という優秀な卒業生を出したナットソースという炭素排出権取引会社のCEOだったジャック・コーガンが何十ものダミーやシェル(空っぽ)カンパニーを使って築いた取引網は、大航海時代の奴隷三角貿易をほうふつとさせる仕組みです。


こんなふうにカネをだまし取られても、ほんの少しでもCO2排出量を減らすことができればマネロンの罪悪感が弱まると思って、「熱帯雨林再生事業」などに投資をする大富豪や王侯貴族が今でもヨーロッパ諸国にはぞろぞろいるということなのでしょう。

さらに悪質な債務担保証券

サブプライムローン・バブル崩壊を一層悲惨なものとした債務担保証券(コラテラライズド・デット・オブリゲーション)は、マグネター・キャピタルを創業したアレック・リトウィッツがもっとも積極的に世に広めたものです。

破綻必至の不動産物件などを「担保がついているから安心です」と言って客に売っておきながら、自分はその「証券」が破綻することを確信してクレジット・デフォールト・スワップを買ってそこでも儲けていたのですから、ほんとうにやることが悪辣です。

コア・ウィーヴは、買うはずのGPUを担保にして23億ドルものカネを借りるという今回の案件以外にも営業実績がほとんどない企業としては異例なほどひんぱんにかなり大きな融資を取り付けていますが、ほぼ一貫してマグネター・キャピタルが主幹事となっています。

「悪党、悪党を知る」というか、コア・ウィーヴの経営陣には「こいつなら安心して悪事を任せておける」と思わせる雰囲気があるのでしょうか。

欧米の大手金融機関でなんらかのかたちでこの悪徳金融商品にかかわらなかった企業は、おそらく1社もないでしょう。個人投資家と違って、完全な被害者とか完全な加害者とかに振り分けるのは無理でしょうが、3社を除いて何事もなかったかのように営業を続けています。

写真のコラージュを2枚ご覧ください。



JPモルガンは、罰金ではないにしても罪状認否無しでかなり高額の和解金を払うところまで追い詰められました。リーマン・ブラザーズは会社が消滅しました。

金融のプロとして特異なケースとしては、日本の某メガバンクが「こんな危険なものは格付さえしたくない」という格付会社の忠告を無視して購入して結局損をしたという笑えない事実もあります。これは金融業界では珍しい純然たる被害者と言えるかもしれませんが、自分から被害者になりに行った感なきにしもあらずです。

なお、今回はもしこれが不正取引や粉飾決算として明るみに出ればアメリカの株式市場全体を道連れにしそうな大事件なので、背景としての生成AIの普及ぶりですとか、その実用性に言及することはできませんでした。

その点については、アマゾンでは今月25日発売、書店には26~27日頃の配本予定で、最新の拙著『生成AIは電気羊の夢を見るか』に書いておきました。ぜひお読みください。カバー付きとカバー無しの表紙は下の写真のとおりです。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。