ローマ・カトリック教会の総本山バチカン教皇庁は今、苦しい立場に陥っている。カトリック教会の不祥事といえば、聖職者の未成年者への性的虐待事件が直ぐに思い浮かぶが、平信者からの献金の不正な利用、横領も教会の罪状のカテゴリーに入ることを今回、バチカン法廷が認めたからだ。
バチカン裁判所のジョゼッベ・ビ二ャトーネ判事は16日、2013~14年にかけ不動産投資などに絡み横領の罪に問われた枢機卿アンジェロ・ベッチウ被告(75)に対し、禁錮5年6月(求刑禁錮7年3月)と、無期限の公職追放と罰金8000ユーロも言い渡した。ファビオ・ヴィリオーネ弁護士によると、被告は無罪を主張し、上訴する方針だ。
枢機卿といえば、通称「ペテロの後継者」と呼ばれているローマ教皇の次に位置する高位聖職者だ。世界で13億人の信者を抱えるカトリック教会で枢機卿は現在200人を超えるが、次期教皇の選挙権を有し、コンクラーベに参加できる80歳未満の枢機卿は137人だ。ベッチウ枢機卿はその1人だったのだ。
それだけではない。フランシスコ教皇が2018年6月に枢機卿に任命した聖職者であり、「教皇が最も信頼する枢機卿」の1人と受け取られ、バチカン列聖省長官を務めてきた人物だ。その枢機卿がバチカンの裁判所のベンチに座り、有罪判決を受けたというのだから、バチカンが窮地に陥るのは当然だろう。
ベッチウ被告は枢機卿時代の2020年9月24日、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇はその辞任申し出を受理した。同被告は当時、「全ての枢機卿としての権利を放棄する」と述べているのだ(「バチカンで権勢誇った枢機卿の辞任」2020年9月27日参考)。
いずれにしても、枢機卿が辞任を表明すること自体、非常にまれだ。最近では、米ワシントン大司教区の元責任者セオドア・マカリック枢機卿が2018年、未成年者への性的虐待容疑から枢機卿職を辞任している。同枢機卿はベッチウ被告と同様、フランシスコ教皇の友人サークルに入る人物だ。
ベッチウ被告の容疑は英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での横領容疑だ。同枢機卿自身はこれまでも何度か「不正はしていない」と容疑を否認してきたが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれ、金融情報局のレーネ・ブルハルト局長(当時)は辞任している。
バチカンが事件の発覚からバチカン警察の捜査、関係者の処分と素早く対応したのは、それだけ問題が深刻だという認識があったからだ。ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。
フランシスコ教皇は2019年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシ―で不動産購入への投資に利用されたことを認め、「バチカン内部の告発で明らかになった」と述べている。2億ドルが不動産の投資に利用されていたのだ。ちなみに、裁判は2年半、これまで80回の公判が開かれた。
ベッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送った疑いがある。同枢機卿の辞任は当時、それらの疑いが確認された結果、と受け取られた。同枢機卿は記者会見で「フランシスコ教皇は、私に『あなたをもはや信頼することができない』と述べた」と明らかにしている。
ところで、フランシスコ教皇にとって、信頼した聖職者が不正問題で躓いたのはベッチウ被告が初めてではない。未成年者への性的虐待で躓いた米教会のマカリック枢機卿も教皇の友人の1人だった。フランシスコ教皇が新設した財務省長官に任命したジョージ・ペル枢機卿も1990年代に2人の教会合唱隊の未成年者に性的虐待を犯したとして昨年3月、禁錮6年の有罪判決を受け収監された(幸い、同枢機卿は裁判では2020年4月、無罪を勝ち取った)。
フランシスコ教皇には人を見る目がないのか、自身が信頼し、高位に選出した聖職者が後日、不祥事で躓くケースが多い。教皇には「任命責任」と「説明責任」がある。ここまで書いていくと、4人の閣僚が同時に辞任に追い込まれた岸田内閣での岸田文雄首相の「任命責任」を思い出した。
ただし、岸田首相の場合、自身の辞任という責任の取り方があるが、フランシスコ教皇の場合、教皇が終身制であるから、職務不能な健康問題以外に辞任というカードは切れない。バチカンにとっても不幸なことだ。責任の所在が不明なままで不祥事の幕を閉じることにも繋がるからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。