AI時代をチャンスにするための視点とは?(前編)(東福 まりこ)

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ChatGPTの衝撃と市場の反応

2022年11月、OpenAIが世界に向けてChatGPTのサービスを開始した。ChatGPTは対話式のAIで、チャットで投げかけた質問に答えてくれる。わずか2ヶ月で1億人ユーザーを突破し、その答えの範囲の広さと質の高さがわかるにつれ、「AIに仕事を奪われるかもしれない」心配が現実味を帯びて語られている。

ChatGPTを使ったことがない人でも、東京大学合格を目標にしたAIが開発開始から5年の2016年に複数の国公立大学やMARCH(5つの大学群:明治・青山学院・立教・中央・法政の通称)に合格するレベルまで到達したことや、2017年に開催された将棋電王戦でコンピューター将棋ソフト・ponanzaが佐藤天彦名人を2局続けて破ったことを見聞きして、テクノロジーの進歩に脅威を感じているかもしれない。

想像を超えるテクノロジーの進歩の結果、日本に失業者があふれることになるのか。

中長期的な未来予想や対策は研究者に任せるとして、短期的にでも労働者としての私たちにできることはあるのか。むしろチャンスとして考えることはできないだろうか?

日頃から会社員の転職や働き方にアドバイスをしているキャリアコンサルタントとして、そして外資系企業に加え海外でも勤務経験のある筆者の立場から、現在の懸念点を整理した上で考えてみたい。

AIの進化がもたらす懸念とは

労働者の立場からAIへの懸念を挙げると以下の4つのようになるだろうか。

1つめは、技術爆発的な発展による予測不可能性だ。技術は、指数関数的なスピード、例えば当初が1とすると、2倍、4倍、8倍……のスピードで年々進歩していく。集積回路に搭載されるトランジスタの数が倍増していくことを発見したゴードン・ムーアの名前から、ムーアの法則と呼ばれている。

今はコンピューター・インターネット・スマホといった技術が現れてから時間が経っているため、1年での変化が凄まじい。突然がらりと変化が訪れることからどう変わるのか予想できないため対策もできない。

2つめは、新しい技術が創出する雇用数の限界である。過去にも技術の進歩によって仕事がなくなることはあったが、同時に新しい仕事が増えることで相殺されてきた。例えば、銀行のATMができて窓口業務が減った・電車の自動改札機ができて切符切りの業務はなくなったが、その代わり機械の製造・保守の業務が生まれた。

しかし今回は特別だという。情報革命と言われるコンピューターとインターネットの登場で現れたAmazon、Meta、Googleといったテック企業は、その売上高に対する従業員数が他の業界の企業と比べて非常に少ない。例えば、2012年、FacebookがInstagramを1億ドル(約810億円)で買収した時、Instagramは社員13人で運営されていたことがニュースになった。

今後新しい業界や仕事が誕生したとしても、企業は当初より効率化された形で作られるので、インパクトのある新規雇用数は期待できない。なくなった仕事をうめられるほどの数の仕事は生まれない。

3つめは、AIとロボット化が引き起こす、消費市場の縮小だ。ロボットは人と違って消費しない。テクノロジーの進歩により大量生産が可能になり、同時に先進国に大量の雇用が生まれ、その人たちが得た給料で大量生産のモノやサービスを購入することで需要と供給が成り立っている。

ロボットやAIが人の代わりに仕事をするようになると、仕事を失った人たちは収入がなくなり、消費者になることができない。ロボットは労働の代わりはするが消費しないのでモノ・サービスが売れなくなり、不況になるかもしれない。

4つめは、社会的格差が広がることだ。かつてロボットが奪った仕事は肉体労働がメインであった。自動車など重工業の工場では危険な仕事の多くをロボットが担っている。

しかしここ最近は、通信情報技術が進歩したことで、先進国から発展途上国へ事務系業務がアウトソース(オフショアリング)されたり、ITにより事務職の中間層が職を失いつつある。

失業した中間層がもっと待遇の良い仕事に就ければよいが、そうでないケースが増えると格差が広がる。将来的には(あるいはすでに)医師・弁護士といった高所得者層の仕事の一部もAIに代替される。

筆者はこのような議論は承知している。テクノロジーの進歩があっても、過去のようには失業者の受け皿となる雇用は生まれず、消費を支える人がいなくなり、不況になり、失業率が上がり、格差が広がることを全否定はできない。

しかしそれがいつ、どんな風に起こるかはわからない。変化を座して待つことが得策のはずはなく、短期的であったとしても仕事のチャンスを得るにはどうすればよいか?

テクノロジーの進歩で起こるのは失業率上昇ではなく労働者の移動

テクノロジーの進歩でロボットやコンピューターが人の仕事を奪い、街に失業者があふれる。そんな情景が浮かぶかもしれないが、テクノロジーの進歩は今に始まったことではない。

歴史を振り返れば、蒸気機関の発明で機械が取り入れられ職人の仕事に取って替わった。エンジンの発明で自動車の生産が始まり、馬車や人力車の仕事が消えた。

他方、部品・機械の製造・保守や、機械の管理をする人、製品の運送業、小売業、自動車ドライバーなどの仕事が生まれたり増えたりした。

また、農耕機械の発明で農作業に必要な人が減り、地方から都市への働き手の移動が起こった。

主要なエネルギー原料の変更でも労働者の移動は起こった。

2006年にヒットした映画「フラガール」は福島県のある炭鉱が舞台だ。昭和40年、エネルギー原料の需要が石炭から石油へ代わり、炭鉱の閉山が決まる。炭鉱で働いていた人たちは仕事を求めて次々と去るが、残った人たちで温泉を利用して「日本のハワイを作ろう」と新事業を立ち上げる。首都圏では有名な「スパリゾートハワイアンズ」の実話である。

長崎県にある通称「軍艦島」もかつて炭鉱で栄えた島で、ここで働いていた人々も、閉山後、場所を移り、新しい仕事に就いたはずだ。

日本で仕事がなくなれば、従業員は社内異動する。会社がなくなれば、他社へ転職する。工場の海外移転で工場が閉鎖されれば、製造業からサービス業へ違う業種へ移ることもある。

以下のグラフでは、戦後、第一次産業が減少し、製造業が増え、その後サービス業等へシフトしていっていることがわかる。

一時的であれ、個々に見れば失業は辛い経験であるが、人には汎用性のスキルがある。コミュニケーション力やITや資格など、新しい職場でもそれを使って仕事ができる。転職したからといって、前職でのメールやビジネスレターの書き方を忘れたり、Excel・Wordの操作方法をゼロから始めたりするわけではない。

テクノロジーの進歩で仕事を失った人は、短期的に失業状態におかれても、別途需要が生まれた仕事に就く。テクノロジーの進歩で起こることは、失業率の上昇ではなく労働力の移動だ。

失業率の上昇は、「不景気」で起こる。

景気の指標であるGDP成長率と、日本では失業率よりもよく取り上げられる有効求人倍率のグラフ、日本は新卒一括採用をしているため、GDP成長率と新卒の就職率のグラフを見れば、景気と就職との関係が連動していることがわかる。

懸念であげたように、中長期的にテクノロジーの進歩が起因して不況になり、社会全体に失業が増加する可能性はある。が、テクノロジーの進歩イコール失業率上昇ではない。

テクノロジーの進歩でまず起こるのは働く人の移動だ。だから仕事を見つけるには需要のあるところへ行く必要がある。

日本の独特な事情

ここで日本の労働者の状況について確認したい。失業についての心配を減らす要因が日本には3つある。

1つめは、少子高齢化による人手不足である。政府の定義している労働人口は15歳以上60歳以下であり、日本人の労働人口についてはほぼ15年後まで予想できる。画期的な移民政策をとらない限り、現在ゼロ歳の赤ちゃんの15年後の人口が減ることこそあれ後から増えることはないからだ。

すでに人手不足は始まっている。

例えば、タクシー運転手不足に対し、政府は個人タクシー運転手の年齢制限の上限の引き上げと営業エリアを過疎地にも拡大した。

また、国交省は、外国人への門戸を開くため、トラック・バス・タクシーの運転手を在留資格「特定技能」の対象に追加する検討にはいった。

福岡で、不足するバスの運転手に対応するため、自動運転の実証実験が始まっている。

ホテル業界も人手不足が深刻だ。コロナ禍が収束し、円安も相まって外国人観光客が戻ってきているなか、ホテル側はコロナ禍で客室稼働率が落ち込んでいる間に従業員が減ったため、客室清掃も間に合わない状態だ。

今年6月2日に開校した成田・ホスピタリティ・アカデミーでは、外国人技能実習生にホテルで働くための研修をして人手不足の需要に応えようとしている。

2つめは、日本は諸外国と比べて生産性が低いこと、すなわち生産性に伸びしろがあることだ。

日本生産性本部が発表した2021年の労働生産性の国際比較を見ると、日本の1時間あたりの労働生産性は49.9ドルで経済協力開発機構(OECD)加盟38か国中27位。比較可能な1970年以降、最も低い順位となった。

日本の労働生産性順位の低さについては「誤解がある」などと議論があるものの、「トップクラスのはず」といった主張は見あたらない。2021年は、経済成長率は上昇したものの、コロナ禍からの経済正常化に伴い労働時間が増えたことが生産性の下押しにつながったらしいが、同じデータでコロナ前の2018年・2019年も21位で、日本の生産性は低い。

10年毎の順位を見ても、日本は50年前の1970年からずっと20位前後で改善していない。

今後生産性を改善することで、企業の利益が増えて新しい事業に投資することもでき、景気が良くなれば雇用も増える。

3つめは、日本は雇用の流動性が低いことだ。日本人の職業観として、一つの会社で長く勤める、一つの職業を極める、このような一所懸命や職人的な働き方が理想とされることは令和になっても変わらない。

しかし筆者が子供の頃にはインターネットもスマートフォンもなかった。変化の加速がますます早まる時代に、多くの業種で一所懸命や職人的な働き方は時代にそぐわない。

2023年、政府の「骨太の方針」で最も力点が置かれたのが、労働市場改革だ。「リ・スキリングによる能力向上支援」、「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」、「成長分野への労働移動の円滑化」という「三位一体の労働市場改革」を行い、客観性、透明性、公平性が確保される雇用システムへの転換を図ることにより、構造的に賃金が上昇する仕組みを作っていく、としている。

今後、リ・スキリングで人材のスキルが向上し成長分野への流動化がすすめば、賃金上昇にポジティブな影響があるだろう。

(後編に続く)

東福まりこ 転職カウンセラー
自身のアドバイスで友人が転職に成功したことをきっかけに、転職カウンセラーとしてキャリアの見直しワークショップを開始。過去の転職経験や海外勤務経験をベースにアドバイスを提供中(国内大手1社・外資系2社、ドイツ赴任1年)。現在はマンツーマン形式でキャリア相談を行う。「転職」ではなく定期的な「転職活動」で市場価値を知るべき、が持論。飼いネコに構ってもらいながら働く日常を送る。

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2022年12月19日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。