ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、米国と欧州連盟(EU)/北大西洋条約機構(NATO)はこれまで一貫としてウクライナに経済的、軍事的支援を実施してきた。その中でも米国と欧州の盟主ドイツはキーウ政府にとって2大支援国だが、その米国とドイツはここにきて対ウクライナ支援で大きな試練に直面している。
米政府は27日、ウクライナへ最大2億5000万ドル(約354億円)の対ウクライナ追加武器支援を発表した。米議会がウクライナへの追加支援を柱とする補正予算案を承認しなければ、これが最後の支援となる。ブリンケン国務長官は、「議会が一刻も早く、迅速に補正予算案を承認することを願っている」と訴えたばかりだ。
ウクライナへの最大支援国・米国の連邦議会は総額1105億ドルの米国の「国家安全保障補正予算」の承認問題で共和党と民主党の間で対立を繰り広げている。補正予算のうち約614億ドルがウクライナへの援助に充てられ、140億ドル相当がイスラエルへの援助に充てられていることになっているが、米共和党議員の中ではウクライナ支援の削減を要求する声が高まっているからだ。
米共和党議員の中には、ウクライナ支援と難民政策をリンクさせ、「バイデン米政権がこれまで以上に強硬な難民政策を実施するならば……」といった条件を持ち出す。共和党穏健派のミット・ロムニー議員は、「われわれはウクライナとイスラエルを支援したいが、そのためには民主党は国境開放を阻止する必要がある」と述べ、共和党が補正予算を承認するかどうかは国境の安全問題の解決にかかっているというわけだ
一方、ショルツ独政権はウクライナ戦争が勃発した直後はウクライナへの武器支援に躊躇していたが、米国との合同支援で連帯を深め、主力戦車、対空防衛システムなどを供与してきた。ゼレンスキー大統領は機会がある度に米国とドイツの名を挙げて変わらない支援に感謝してきた経緯がある。
ただし、ここにきてドイツの野党第一党「キリスト教民主同盟」(CDU)のザクセン州のクレッチマー首相が、「ウクライナ政府は戦争を終了させるためには一時的としても占領地を放棄すべきだ」と主張し、ウクライナ政府がCDU議員の発言に強く反発するといった状況が見られてきたのだ。
CDUは独南部バイエルン州の姉妹政党「キリスト教社会同盟」(CSU)と共に、世論調査では支持率で第1党を独走している。すなわち、次期連邦議会選挙ではメルツ党首が率いるCDU/CSUが政権を掌握する可能性が非常に高いのだ。そのCDUの東部州首相がドイツの対ウクライナ政策の修正を要求してきた。クレッチマー首相の発言が報じられると、これを静観できないウクライナ政府は即、反論したわけだ。ちなみに、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党から構成されたショルツ現連立政権の世論調査での支持率は3党を合わせても35%前後だ。
クレッチマー州首相は、「ロシアは我々の隣人だ。危険で予測不可能な隣人だ。ロシアを軍事的、政治的、経済的に弱体化させて、ロシアが我々に脅威を与えられなくなるという考えは、19世紀に遡る態度である。それは更なる紛争の要因となる」と主張し、ドイツの対ロシア政策の再転換を要求している。同首相は11月のCDU党大会でもウクライナ戦争の「凍結」を呼び掛けた。
ドイツは目下、国民経済はリセッション(景気後退)に陥っている。そのような中でウクライナへ巨額の経済支援、武器供与をすることに野党だけではなく、国民の間でも反発の声が上がってきた。
ウクライナ支援問題では、米国やドイツだけではなく、EU27カ国で対ウクライナ支援で違いが出てきている。スロバキア、ハンガリーはウクライナへの武器支援を拒否し、オランダでも極右政党「自由党」が11月22日に実施された選挙で第1党となったばかり。もはや前政権と同様の支援は期待できない。
ゼレンスキー大統領は2022年10月11日、主要7カ国(G7)諸国の首脳に対し、ロシアの脅威を克服するために「平和の公式」を発表している。10項目から成る「公式」では、6項目で「敵対行為を停止するには、ロシアはウクライナ領土からすべての軍隊と武装組織を撤退させなければならない。国際的に認められているウクライナの国境に対する完全な支配権を回復する必要がある」と明記している。ゼレンスキー氏は領土問題でロシアに譲歩する考えは全くないのだ(「ゼレンスキー氏の愛する『平和の公式』」2023年12月15日参考)。
同大統領は19日の記者会見で兵士不足を解決するために、「軍が45万~50万人の追加動員を提案した」と明らかにした。ちなみに、ゼレンスキー氏は、追加動員には5000億フリブナ(約135億ドル)の追加予算が必要になるという。
ウクライナでは総動員令が施行され、戦闘可能な男性18~60歳は全員徴兵の対象となる。戦争が長期化し、戦場で犠牲となる兵士も増え、ウクライナ軍の兵士の平均年齢が40歳ともいわれている。兵士不足と兵士の高齢化が進んできているわけだ。
なお、ウクライナ軍トップのザルジニー総司令官は26日、「軍が45万~50万人の追加動員を提案した」とするゼレンスキー大統領の発言について、「人数を挙げて要請した事実はない」と否定するなど、ゼレンスキー大統領と軍トップの間で意見の相違があることを浮かびあがらせた。戦時中だけに、危険な兆候だ。
ところで、ゼレンスキー大統領は27日、ウクライナの新たな「防衛パッケージ」について、「現在我が国の防衛産業は合計約30万人を雇用しており、ここ数年間での我が国の最大の成果の1つだ。ウクライナの防衛産業は単に回復しているだけではなく、現代のテクノロジー主導の戦争に必要な生産性を獲得しつつある。防衛産業の5社のうち4社が民間企業だ。何十年も活動を休止していた多くの国営企業が、新型兵器を含む生産を開始した。来年に向けて、私たちは大砲、無人機、ミサイル、装甲車両に関して明確な目標を設定した。今年の我々の主要な政治的成果の一つは、我々のパートナー、特に米国との武器の共同生産に関する合意だ」と述べている。
ゼレンスキー大統領は、「ウクライナは近い将来、必要な武器を自力で生産できる世界でも有数の軍事産業を有するようになる。ウクライナのために戦い、働くすべての人に栄光あれ!我らの民に栄光あれ!」と語り、演説を終えた。
軍事大国のロシアと闘うウクライナが必要な武器を自力で生産できるまでにはまだ多くの時間がかかるだろうし、現在の対ロシア戦争がいつまで続くかも不確かだ。ただ、ゼレンスキー氏にとって、欧米の武器供与依存から脱皮し、武器の自力生産を大きく掲げることで厭戦ムードが漂ってきた国民と軍関係者を新たに鼓舞する狙いがあるのだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。