年頭所感

明けまして御目出度う御座います。

吉例に従い、今年の年相を干支により考察しましょう。

今年の干支は「甲(きのえ)辰(たつ)」、音読みでは「コウシン」です。

先ず、甲(こう)と辰(しん)のそれぞれの字義について触れておきます。

甲ですが、甲から始まり、乙、丙と続く十干(じっかん)の最初ですから、今年から始まる十年間のスタートを切る非常に大事な年です。「甲」は殷代の甲骨文字から見ると「十」の形象が原初的なもので、草木類の種子をおおっている堅皮が、その種子が発芽する時に、「十」の形象のように亀裂する状態を指したもので、植物の生長段階の最初の発芽に着目したものと推測されます。十干の排列順は、植物の発芽・開花・結実・熟成・老化そして死に至る変化の相を現しているものです。

鱗(うろこ)状の硬い皮、即ち鱗芽が破れて、新芽を覗かせている状態が「甲」です。新芽が出始めるということで、「甲」に「はじめ・はじまり」等の義が出てきたのです。「はじめ」という意味から、十分慎重にやらなければいけないということで「つつしむ」という意もあります。また甲は新たなる創造・開発という義にも通じ、法令などの創制も意味します。また、『書経』に「因(よ)って内乱に甲(な)る」とあり、甲を「狎(な)れる」という意味に使っています。つまり、新しい改革・革新をやるべく法律・制度を創ろうという機運が出ても、旧来の陋習(ろうしゅう)になれ、因循姑息になり、だれてしまいがちになるということです。

従って、「甲」の字義は、植物が発芽するという自然の機運に応じて、旧体制を打ち破って、革新の歩を力強く進めなければならないということです。

次に、「辰」の方に移りましょう。「辰」の金文を見ると、蜃(しん・おおはまぐり)の象形文字で、蜃(はまぐり)の殻が開き、足のやわらかな肉を貝殻から出し、ひらひらと動かしている形です。古代では大きな二枚貝の貝殻は農具として用いられました。「辰」の上に「曲」が乗ると「農」になります。「曲」は頭を使うという意味ですから、「農」は頭を使って収穫を上げるという意になります。

後漢末の辞書である『釈名(しゃくみょう)』によると、「辰」は伸なり。物みな伸舒(しんじょ)して出ずるなり」とあります。「辰」は伸に通じ、陽気が動き、草木が旺盛に伸長していく様を表しています。

さらに『説文』に「辰は震なり。三月陽気動き、雷電振るう。民の農時なり、物皆生ず」とあります。秋冬以来の陰気を突き破る陽気の象表たる春雷がひびきわたる頃に、陰陽が逆転し、新しいものが芽生えます。

『易経』の「震」の卦にあるように、最終的には「震は亨(とお)る」で結果良しであります。陰陽が逆転し、新しいものが芽生え、どんどん伸長していく道程は、決して平坦なものでなく、外界の妨害や抵抗は付物です。ですから言動を戒(いまし)め慎(つつし)み、泰然自若としてやるべきことを着実にやっていかなければなりません。そうすれば、結果的には良くなるということです。これが「辰」の字義のまとめです。

以上の「甲」「辰」それぞれを統合しますと、これから始まる十年間をある意味決定付ける極めて重要な年のスタートです。

春になって古い殻から新芽が頭を出していこうとするが、まだ余寒が厳しいため、勢いよく芽を伸ばすことが出来ない状況です。

旧体制という殻を破って革新的な歩みを進めなければならないが、旧体制の抵抗や妨害があって、なかなか前へ進まない。

そこで、この外界の妨害や抵抗と徹底的に闘いつつ、慎重に伸展を図らなければ、これからの十年の繫栄や成功は覚束無(おぼつかな)いと言っても過言ではないでしょう。

次に甲辰の年にどんな出来事があったか日本の史実から特徴的なものを拾ってみましょう。

<一八〇年前(一八四四年)の主な出来事>
・五月 江戸城の本丸が火災にあう。こうした凶事を断ち切るための災異(さいい)改元を行い、弘化とす。
・天保の改革も上手くいかず失脚していた水野忠邦を老中首座に再任。
・オランダ国王ウィレム2世が徳川将軍に親書を送り、開国の勧告。幕府は翌年謝絶。この弘化元年(一八四四年)に幕府の体制に対して、勃然(ぼつぜん)として、色々革新の論議が始まって、幕府はこれに善処出来ず、革新勢力との闘争へと発展していきます。
<一二〇年前(一九〇四年)の出来事>
・二月四日 緊急御前会議にて対露開戦を決定。六日にロシアに国交断絶を通告。一〇日、ロシアに対して、宣戦布告。悪戦苦闘、苦心惨憺の結果、日本の勝利となる。これを契機として日本陸海軍は自信を得、軍部独裁の道を次第に歩み始める。
<六〇年前(一九六四年)の出来事>
・東京、阪神間で電話の即時ダイヤル通話が全面的に可能に。
・四月 OECDに加盟。名実ともに経済先進国としての地位が認められた。またIMF8条国へ移行。世界経済の発展に指導的な役割を受け持つ。
・ビール、酒が全面的に自由化された。
・新潟を中心に大地震が発生。二六人が死亡。さらに昭和石油の原油タンクが爆発。
・九月 浜松町~羽田空港間を結ぶ東京モノレールが開業。
・十月 東京~名古屋~大阪を結ぶ大動脈として東海道新幹線が開業。
・東京都内の自動車保有台数は百万台を突破し、マイカー時代の到来を告げた。
・十月十日 第一八回オリンピック東京大会がアジアで初めて開催された。景気は急上昇し、日本経済は画期的な飛躍を遂げる。
・十一月 池田内閣が総辞職、代わって佐藤栄作が首相となる。

さて、こうして甲辰の年の字義、史実を見ますと、今年の年相がより鮮明に浮かび上がってきたと思います。

六〇年に一度やってくる自然の機運の高まりと社会や技術の革新的な動きが、次の十年を繫栄に導こうとする天意と相俟って、人物を動かし、世を動かすのです。そうした中で、SBIグループの全役職員には次の三点を肝に銘じていただきたい。

第一に、SBIグループ内外の英知を結集し、革新の歩みを力強く、大胆に進め続けなければなりません。このことを各人が潜在意識にまで透徹する程、強く意識して尽力することが必要です。そうすれば竜頭蛇尾に終わることはありません。

第二に、我々は、より広範囲な事業分野によりグローバルに目を向けなければなりません。同時に、グループ内の各組織の有機的結合を常に念頭に置くことがグループの更なる発展に不可欠です。

最後に、SBIグループは今後もどんどん巨大化していくと考えられますが、そこには多様な人財間の同志的結合と言うべき絆(きずな)がなければなりません。それが無ければ、単なる烏合(うごう)の衆と同じです。その絆をもたらすものが、グループ各社、各人に共通した普遍的価値観をベースにした「理念」です。我々は、日々の仕事に忙殺されることなく、時にこうしたことを深く考察する「閑」を持つことが必要です。


編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2024年1月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。