明日の日本のメディアはこの報道を大きく扱うかもしれません。この事件は日本国内では割と控えめな報道でありました。もしかしたら報道各社が富士通に気を使っていたのかもしれません。が、いよいよ問題が深化し、富士通は矢面に立たされ、16日には英国の富士通サービシーズのCEO、パターソン氏が英国下院ビジネス貿易委員会で証言台に立つことになっています。その内容がどうなるか、今推し量ることは難しいのですが、まずは事件の背景をごく簡単にまとめてみます。
International Computers Limited(ICL)社は英国、特に官庁向けにシステムを納入していたコンピューター会社でしたが、80年代を通じて富士通との関係を強化、1990年には富士通が同社を買収し、それをきっかけに富士通が英国の官庁向けシステム事業に大きく足を踏み入れます。買収後の一つの事業として英国郵便局向け勘定系システム「ホライズン」の開発を進めます。ところがこれが難航、費用も大きく膨れ上がり、それが実現するのかも危ぶまれるほどになったのです。それでも2000年にホライゾンシステムを稼働させます。富士通/ICLの契約額は1850億円(当時)とされます。
英国ではポストオフィス本体が各郵便局をそれぞれ個人事業主(サブ ポスト マスター)のような形で契約します。その契約には様々な縛りがありますが、当然ながらホライゾンのシステムに提示される残高と郵便局の現金が一致しなくてはいけません。ところがその現金が合わない事例が続出したのです。シーマ ミスラさんのケースはあまりに衝撃的に報じられています。妊娠中にもかかわらず不正疑惑で有罪となり、収監され、足首に逃亡防止のGPSをはめられ、自分の全てを失います。ただ、似たようなケースはあまりにも多く、自殺者もありました。
疑問の第1点目はポストオフィス本体は2015年までに700人ものサブ ポスト マスターを罪に問う間、システムに問題があったということを何一つ疑わなかったのか、であります。英国を含む欧米では郵便局員というのは極めて社会的地位が高い職業なのです。稼ぎの問題ではなく、地域密着型社会的貢献という意味です。よって郵便局に勤める人々は高いプライドと自負がある方が多い中でなぜ、15年間で700人もの不正が生じたのか、それを疑問に持たなかったのか、これが実に不思議なのです。
この問題が突如沸き上がったのは今年に入って英国でドラマが放映され、英国にセンセーションを生んだからであります。スナク首相は「「英国史上最大となる誤った判断の一つだ。地域社会のために懸命に働いていた人々が全く落ち度がないのに人生と名声を破壊された」(日経)と述べ、救済法を含めた全面的支援に向けた動きを見せます。当然ながらその救済には富士通に何らかの補償を要求することも内包されています。
日本の株価が上伸する中で富士通だけがぽつんと取り残されたのはそれが理由とされます。そして16日の証言で富士通側がどんな発言をするのか、注目されるわけです。パターソンCEOは富士通本体の執行役でもあるので発言は当然ながら富士通本体の意向を反映したものだと考えられます。
疑問点の2つ目は15年間、問題が出続けていたのに富士通はなぜ、それに踏み込まなかったのか、という問題もあります。一部にはポストオフィスとの契約という話もありますが、それにしても700人もの冤罪を招く前に契約当事者間での調査や対策は取れたでしょう。
私は門戸外ですが、この問題の原因の可能性はシステムが一時的なフリーズをしている際に入力キーを押し続けると押した回数だけ実際に入力された形になるというものです。わかりやすい例だとオンラインショッピングで購入のボタンを3回押したら商品が3つ、代金も3倍取られた、という話がホライゾンシステムで起きた、ということではないか、と理解しています。
さて、富士通はこの問題が起きた後も英国官庁の仕事は受注しており、英国にとっても富士通にとってもなくてはならない存在になっています。その中でドラマでお涙頂戴という感性に訴えてしまった以上、相当の対応を余儀なくしなくてはいけないだろう、とみています。
一方で富士通と英国政府の関係は正直、微妙な点もあります。富士通と英国政府の推進するNational Health Services (NHS、国民健康サービス=医療保険)のシステム構築契約で遅延による損害で富士通が契約解除されます。富士通はこれを不満とし、訴訟、結局富士通が7億ポンド勝訴したのです。これは英国にとっては不満であり、よって富士通は官庁業務の優先落札企業リストから落ちてしまっています。この辺りの感情論もあるのかもしれません。
これに似た問題はアメリカで起きたレクサス急加速事故でしょう。2009年から10年にかけて起きた事件でブレーキが利かず、衝突事故を起こし、家族4人が死亡したとされるものです。これを契機にあちらこちらから同様の問題を指摘する声が出てます。一方、トヨタ側の反応は鈍く、後手後手に回ったことからアメリカの近年の自動車スキャンダルとしては極めて大きなものになってしまいました。結局、ブレーキそのものに問題が発見されず、ことは収束しましたが、トヨタが窮地に陥った数少ないケースであります。
今回も問題の発端は小さなシステムのバグでした。コンピューター開発に於いてバグなどいくらでも存在します。そのバグが起きることが分かっていながら早めに対応すればなんということもなかったのに国民感情にまで発展させてしまったことは英国ポストオフィスに限らず富士通側にも企業のリスク管理という意味で不備があったと言わざるを得ない気がします。
英国では日立など日本企業がインフラを提供しているケースは多く、日英の信頼関係にもつながってきます。ここは営利主義や責任のなすり合いではなく、最善の対策を取り、えん罪で人生を棒に振った人たちに詫びるとともに早く信頼を取り戻すことを考えるべきかと考えます。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年1月16日の記事より転載させていただきました。