デンマーク王室の王位継承式から

中欧全土を治めたハプスブルク王朝時代への名残もあってか、オーストリア国民は欧州の王室の動きに強い関心がある。デンマークで14日、52年在位したマルグレーテ女王が退位し、フレデリック皇太子が新国王に即位する式典が挙行された。オーストリア国営放送は午後1時20分(現地時間)から3時間余り、コペンハーゲンとウィーンとを繋いでライブ中継した。

デンマーク王室の王位継承式(2024年01月14日、デンマーク国営放送からスクリーンショット)

当方は自宅でTVの前に座って式典をフォローした。家人が「デンマークの式典は明るくて気持ちがいいわね」という。聞くと、昨年5月の英国のチャールズ新国王の戴冠式は70年間在位していたエリザベス女王の死が大きく影響していたこともあって「少々重かった」というのだ。

ロンドンの載冠式は1000年の伝統に基づくもので、70年ぶりだったこともあって、全ての関係者が神経質になっていた。経験した者が誰もいないからだ。そのうえ、エリザベス女王が2022年9月、96歳で亡くなったこともあって、新国王の戴冠式は喜ばしい式典というより、亡き女王への追悼という思いが強く、少々寂しい雰囲気があった。

マルグレーテ女王は自身の即位式の日(1972年1月14日)について、「私の人生でも最も悲しい日だった」と述べている。父王フレデリック9世死去の直後の即位式であったこともあって、女王は当時、華やかさはまったくなく、悲しさが強かったという。マルグレーテ女王が昨年末、突然、退位の意向を表明した背景には、息子フレデリック皇太子に自身が味わったような悲しみを体験させたくないために、存命中に王位の継承を決意したのではないだろうか。女王自身は自身の退位の理由について、健康状況を挙げていた。

王位の継承式は簡単だった。クリスチャンボー城で政府代表者の立ち合いの中、マルグレーテ女王が退位意思を表明した文書に署名、それを受け、新しい国王に即位するフレデリック皇太子がその文書に署名すれば、王位継承式は完了する。正味20分余りの式典だ。バルコニーから国民の前で国王即位を発表、それを受け国民が3度フラー(万歳)と唱和する、といった具合だ。

国王や女王に即位することは決して容易ではないだろう。だから、国王に就任したくないという王室関係者も出てくる。逆に、なぜ自分は国王に即位できないのかと不満を吐露する王室関係者も出てくる。

マルグレーテ女王はフランス人のヘンリック殿下と結婚したが、同殿下は生前、何度も「どうして夫の自分が国王に即位できないのか」と不満を漏らしていたという。一方、長男として生まれたフレデリック皇太子は「自分は国王にはなりたくない」と考えていたし、弟(ヨアキム)は「自分のほうが国王に相応しい」と述べていたという。ちなみに、フレデリック皇太子は新国王に即位した直後、「自分は生まれてからこの瞬間を迎えるために準備してきた」と述べ、国王としての任務を全うする決意を表明している。

前日のコラム欄でも書いたが、マルグレーテ女王が退位したことで、欧州の11カ国の王室では女性君主はいなくなった。オランダのベアトリックス女王は33年間在位した後、長男の現国王に王位を譲った。英国のエリザベス女王が96歳の高齢で死去した後、息子のチャールズ皇太子が新国王に即位した。エリザベス女王は70年間在位していた。そしてマルグレーテ女王が52年間の在位後、女王の座から自ら去ったわけだ。

欧州の王室関係者の高齢化は進み、退位する時期を見つけ出すことが難しくなってきた。ローマ教皇の終身制はドイツ人教皇ベネディクト16世の生前退位表明で崩れた。そしてオランダやデンマークの王室のように、存命中に後継者に王位を継承する傾向が今後、欧州の王室で定着していくのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。