2022年11月7日、元バレーボール選手の大山加奈さんが「双子のベビーカーで都営バスに乗車拒否された」とSNSに投稿し、翌8日にはハフポストなどのメディアで拡散されて話題になった。大山さんのSNSによると、最初に来たバスは扉すら開けてもらえず、次のバスには別の乗客の補助があって乗れたものの、乗り降りには乗務員の手助けがなかったという。
幅の大きい双子用ベビーカーをめぐっては、都営バスが2018年に乗車拒否をしたとして問題となり、都が2021年6月にルール改定し、双子用ベビーカーを折りたたまずに乗車できるようになっている。
11月9日の日テレのニュース番組では「東京都が大山さんに謝罪」と報道された。もっとも、ニュース動画のコメント欄では「大山さんは立つ位置を間違えていた」「運転手に声をかけなかった大山さんも悪い」「ワンマンバスの運転手に介助はムリ」などの批判的な意見も多かったが。
双子の母でもある私も、一連の報道には疑問を持った。幼児2人を連れてバスで外出するなら「一人おんぶ、一人はシングルベビーカー」で外出すれば、バスに乗車することはさほど困難ではない。双子用ベビーカーの中にも大きな横型のみならず、スリムな縦型もある。
大山さんはSNSで双子用ベビーカーの重さをアピールしているが、5㎏以下の軽量タイプが12800円で販売されている。元日本代表アスリートで現タレントの大山さんにとって、複数の双子バギーを使い分けることは体力的にも経済的にも難しい選択ではないように思ったからだ。
また、2021年に双子用ベビーカーを折りたたまずに乗車できるようになったルール改定には、最近SNSで話題のNPO法人フローレンスの働きかけがあったようで、背後には公明党・朝日新聞・東京新聞などお馴染みのメンツがちらつく。
フローレンスの担当者が疑問に答えているが、
「スリムな縦型は6か月以上しか乗れない(大山さんの双子は当時10カ月)」
「最もポピュラーなエアバギーは71.5㎝でバス車内通路の妨げにならない(エアバギーは横型バギーとしては最小レベル、100㎝前後が一般的であり大山さんがSNSに掲載したベビーカーは後者)」
「タクシーが非常に使い辛い(費用を除けばバスより便利、バスの運転手が介助しないことを責任追及しているのにタクシー運転手が介助しないのを当然とみなしている)」
「折りたたんだ双子ベビーカーをトランクに搭載できるのは限られた車種のみ(『最もポピュラー』とフローレンスが断言したエアバギーは軽自動車のトランクに入るサイズ)」
と、双子育児経験者としてはツッコミどころの多い回答である。
更に、この文章の末尾では「フローレンスの収益になることはありません」と断言しているが、フローレンスは2022年4月から「ふたご助っ人くじ」という多胎児家庭専用の訪問サポートサービス事業を展開している。これは「多胎児家庭が朝8:00まで『ふたご助っ人くじ』へLINEで応募すると、当日9:00に当選発表があり、当選者宅にスタッフが訪問して育児を助ける」「費用は一時間5000~7500円」「親は在宅し、スタッフが育児を助ける」「平日10:00~18:00」というものである。
「スタッフ紹介」のコーナーでは保育職の4人が紹介されているが、「採用情報」では「資格不問」「時給1300円~2500円」「資格不問、社内研修を受講」と明記されており、「保育のプロ」「経験豊富なスタッフ」というフローレンスの説明には疑問を持たざるを得ない。
また、代表的なベビーシッター派遣業であるポピンズならば、平日昼間料金は「1時間2200~円/2人保育ならば3300~円」で、予約すれば確実に来てもらえるし、子供を残して仕事に出かけたり、土日夜も対応可能である(追加料金は必要だが)。
「1時間5000~円、平日昼間限定」とは勝負にならないと思われるが、そこにはNPO法人のフローレンスならではのカラクリがある。都内16の自治体では助成があるので、保育料は実質無料になる。そして「ふたご助っ人くじ」HPのトップページでは「実質無料」とのみ記載されており、利用者にはフローレンスが受け取る金額が目につかないようになっているのである。
「当日朝まで来るかどうかわからない無資格ベビーシッターが1時間5000円、親は外出もできない」という自由労働市場では生き残るとは思えない粗悪なサービスでも、「(助成金で)無料」となれば「タダなら頼んでみるか」という家庭は存在する。そして、「子育て支援」という大義の下で。
アルゼンチンのミレイ大統領は行政サービスを宣伝するために「無料」という言葉を使うことを禁止したように、「ふたご助っ人くじ」も「無料」ではない。「女性支援」「少子化対策」などのスローガンの元、新たな「税金チューチュー」となりかねない危険性をはらんだサービスである。
双子育児は大変だが、それ以上に現役育児世代にとって増える一方の社会保障費負担も大変なのだ。それを減らして育児世代の可処分所得を増やし、タクシー/小型ベビーカー/民間シッターなど各自が必要なサービスを購入できるような社会にすることは有効な少子化対策である。「ふたご助っ人くじ」を導入している自治体には再考を促したい。
■
筒井冨美(フリーランス麻酔科医/双子の母)