イランとパキスタンの“不名誉な”衝突

当コラム欄で「イスラム教の古傷が再び疼き出した」(2024年1月11日)というタイトルで記事を書き、イスラム教のスンニ派とシーア派の歴史的対立が再び激化する兆候が見えてきたと指摘したが、その後のイランとパキスタン両国国境での武力攻撃は残念ながらその予測を裏付けている。

パキスタン軍、無人機3機でイランの国境地帯を攻撃(2024年1月18日、IRNA通信から)

シーア派はイスラム教では少数派だが、イランはそのシーア派の盟主だ。同国はイラン革命後、45年間、聖職者支配体制を確立する一方、パレスチナ自治区ガザのイスラム教スンニ派過激テロ組織ハマスを支援、イエメンではスンニ派の盟主サウジアラビアと対立する親イランのシーア派武装組織フーシ派、レバノンでは同じシーア派武装勢力ヒズボラを軍事的、経済的に支援してきた。イスラエル・ガザ紛争で拡散してきた中東危機の背後には、イスラエルを宿敵とするイランが深く関与してることは明らかだ。

ガザ紛争ではイスラエル軍が非武装のパレスチナ人を虐殺しているとして批判、国際世論を動かし、南アフリカが国際刑事裁判所(ICC)にイスラエルを「ジェノサイド」として訴えるなど、イランの反イスラエル包囲網は着実に構築されてきたが、その戦略的歯車がここにきて狂い出してきたのだ。

その直接のきかっけは前回のコラムでも指摘したが、イラン革命後最大のテロ事件となったイラン南東部ケルマン市でのテロ事件(1月3日発生)だ。同事件で100人余りが死亡、数百人以上が負傷するという最悪のテロ惨事となった。

イラン当局は事件直後、「明らかにテロ事件」として、事件に関与した組織、個人に対して報復を宣言した。その直後、イスラム教スンニ派テロ組織イスラム国(IS)は犯行声明を発表した。具体的には、隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いている、通称「イスラム国ホラサン州」(ISKP)の仕業だ。イラン当局はテロ事件後、対アフガニスタン、対パキスタン両国国境の警備を強化し、スンニ派武装組織の侵入防止に乗り出した。

イランは16日、隣国イラクやシリアのISの拠点を攻撃する一方、パキスタン領内のスンニ派武装テロ組織の2カ所の拠点を空爆した。ケルマン爆発テロ事件に対する報復攻撃だ。翌17日にはイラン革命防衛隊(IRG)のアリ・ジャワダン・ファー大佐がパキスタン国境付近で射殺されている。

イラン側はパキスタン領土内の攻撃について、「パキスタン領土におけるスンニ派聖戦戦士集団ジャイシュ・アル・アドルを狙った攻撃」と説明している。「ジャイシュ・アル・アドル」(DschaI Sch al-Adl)は、過激なスンニ派運動の元メンバーによって2012年に設立された。近年、このグループはイランで数回のテロ攻撃を行っており、イランではテロ組織と受け取られている。

一方、イランからのパキスタン領土内への空爆に激怒したパキスタン側は18日、隣国イラン南東部シスタンバルチェスタン州を攻撃し、複数人を殺害したと発表した。イランの地元治安当局者は「パキスタンによるイラン南東部の国境地点への攻撃は無人機3機で行われた」と述べた。イランの精鋭部隊、革命防衛隊が16日にパキスタンを越境攻撃したことへの報復攻撃だ、といった具合だ。イラン外務省報道官は同日、イラン南東部の国境地点に対するパキスタンの攻撃を非難した。

パキスタン外務省は、「差し迫った大規模テロ活動に関する信頼できる諜報情報を考慮して攻撃を決定した」と述べる一方、「パキスタンはイラン・イスラム共和国の主権と領土保全を全面的に尊重する」と付け加えた。パキスタン情報当局者は、「攻撃はイラン内の『反パキスタン武装勢力』を狙ったものだ」と述べている。

ちなみに、パキスタンは国民の約97%がイスラム教徒で、その80%はスンニ派、20%はシーア派だ。イランに次いでシーア派が多い国だ。ちなみに、アフガンもほとんどイスラム教徒だが、スンニ派とシーア派の割合はパキスタンとほぼ同じだ。

スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)に出席したイランのアミールアブドッラーヒヤーン外相は18日、「イランはパキスタンとの良好な関係を有している。今回の軍事活動はあくまでも過激派テロ組織をやっつけることが狙いであり、パキスタンの領土を侵害する意図はまったくない」と説明、同じイスラム教国のパキスタンとの兄弟紛争といった印象の払拭に努めている。なお、イランとパキスタンの武力衝突の拡大を危惧する中国とトルコ両国は双方に冷静を呼びかけるなどの仲介外交を展開させている。

スンニ派過激テロ組織ハマスの指導部の中には、「シーア派のイランに武器や経済支援を依存しすぎることは危険だ」という声が聞かれ出したという。「イスラエルを地図上から消し去る」と宣言したイラン大統領がいたが、イスラム教内の兄弟紛争が飛び出し、イランはその鎮圧のために精力を注がなければならなくなってきたのだ。2024年は龍の年だ。眠っていた龍が目覚め、イスラム教の歴史的兄弟紛争に油を注いでいる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。