トランプ嫌悪症を排する時(古森 義久)

トランプ元大統領 インスタグラムより

顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

アメリカ大統領選挙の予備選がついに始まった。中西部のアイオワ州で1月15日、共和党の党員集会が開かれ、有権者たちの票が実際に投じられた。

全州合計99郡、千数百ヵ所の集会投票所でドナルド・トランプ前大統領が全体の51%と、過半数を越える圧倒的優位の票を集めた。99郡のうち98群で首位となったのだから圧勝だった。2位のロン・デサンティス・フロリダ州知事、3位のニッキー・ヘイリー元国連大使はそれぞれ、20%、19%という得票率だった。トランプ氏の地滑り的な大勝利と評するのが適切である。

この結果をどう見るか。

今回のアイオワ州でのイベントは、2024年の大統領選で初めての草の根投票だった。これまでのアメリカ国内で大統領選に関して起きてきたこと、語られてきたことは、2024年選挙に関しては全て仮想だとも言える。民主主義の選挙の基本である実際の投票がなかったからだ。だからこそこのアイオワ州での投票を重視せざるを得ない。

今回の草の根投票で実証されたことは、どう見てもトランプ氏への共和党側主体とは言え、圧倒的な支持の高さ、強さだった。この投票ではトランプ氏は無党派層の間でも人気が高いという結果も出たのだ。

トランプ氏についてはアメリカでも、日本でも主要メディアでは「独裁」とか「非民主的」という酷評が伝えられてきた。トランプ氏はアメリカの4州で刑事事件の起訴対象ともなってきた。その上、トランプ氏が大統領に再選されれば、アメリカの最重要の対外同盟の北大西洋条約機構(NATO)を破棄するだろうとも警告されてきた。

ではアメリカの有権者たちは何故そんな乱暴で危険な人物を再び大統領に選ぶという意思を表明したのか。この問いへの簡単な答えは「有権者の多くは、その種のトランプ氏への酷評、悪評を信じていないから」、ということになる。トランプ支持のアメリカ国民はその種の酷評、悪評を民主党陣営、特に主要メディアによるプロパガンダと見ているのだ。プロパガンダなのだから事実と異なる部分が多い。

アメリカの民主党寄り陣営には、年来、トランプ氏に対する激しい嫌悪症が定着してきた。その症状はいまやトランプ氏が再度、大統領になりかねない展望が現実性を増したために、トランプ恐怖症という反応へと変質しつある。ここで敢えて「症」という表現を使うのは、この種の態度には党派性やイデオロギー性の反発からの偏見、さらには感情の高まりから事実誤認という「病んだ」部分も多いからだ。

この症状はアメリカの主要メディアでは民主党贔屓が顕著なニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビなどが示してきた。その具体的な事例は私自身、長年ワシントンを拠点とする考察者としていやというほど目撃してきた。その考察はトランプ氏が2015年にアメリカの国政舞台に初登場して以来の一貫した米側のトランプ報道ウォッチに基づいている。その歪んだトランプ報道は実際の政治の場での民主党勢力と一体となった場合が多かった。つまり民主党側のメディア・政党連合体とも言えるのだった。

そんな報道の最大例はトランプ政権登場時からCNNなどが全面展開した「ロシア疑惑」キャンペーンだった。「2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営はロシア政府と共謀してアメリカ有権者の票を不正に動かした」とする糾弾である。だが長期間の捜査や調査の結果、この糾弾には根拠はなく、民主党側の策謀が発端だったことが判明した。ロシアとの「共謀」も「票の不正な操作」もなかったのである。

民主党傾斜メディアのこうした姿勢の背後にはトランプ氏への激しい嫌悪が存在する。憎悪と呼んでもおかしくはない。「こんな人物がアメリカ合衆国の大統領になることなど、決して許されない」という確信のような断定である。トランプ氏の人間性、価値観、経歴、実際の言動などのすべてを排除したいという激情だとも言える。選挙ではない方法を使ってでもトランプ氏を放逐しようという意図だとも言える。

だがこうした民主党側のトランプ氏への嫌悪に全く同意しない国民も多いという現実がアイオワ州で立証されたわけだ。勿論、民主党側のこの嫌悪や憎悪が消えるわけではないが、この時点でのトランプ人気の高まりは民主党側の嫌悪に同意する層が減ってきたと言えるかも知れない。その真実を示すのがこれからの各州での予備選の投票であり、究極は11月5日の最終投票である。

この種のトランプ氏への嫌悪は最近は恐怖症へと変質したとも言える。主要メディアはトランプ氏がもし大統領に再選されれば、独裁、報復など非民主的な統治になる、という「予測」を流し始めたからだ。その原因となったトランプ氏の草の根での人気の高まりはアイオア州で証明されたと言える。

そうした「恐怖」宣伝の具体例は「トランプ大統領はNATOから離脱する」という警告である。この警告もニューヨーク・タイムズや同じ陣営のNPR(全米公共放送)が報じた。だがその内容はトランプ氏がかつてNATOの西欧側のドイツなどがオバマ政権時代からの「防衛費は最低GDP(国内総生産)の2%とする」との公約を守らないことへの非難の範囲での非公式発言の捻じ曲げ引用だった。欧州側がどうしても公約負担の増加に応じないならば、アメリカは有事に欧州を守らないこともある、という警告を文脈を無視して切り取り、「アメリカのNATO離脱」という骨子へと仕立てていた。

だが現実にはトランプ氏はその任期の4年間、NATOとの絆を堅持した。2017年から毎年発表した国家安全保障戦略でNATO堅持を一貫して明記した。それどころかトランプ政権は2018年までにはNATO加盟国のバルト3国の対ロシア抑止力強化策として「増強前方展開」の4戦闘集団の新派遣に参加した。NATOからの離脱ではなく、NATOの強化の実効策を採っていたのだ。

日本側としてもこの種の民主党傾斜メディアの歪め報道には十二分に注意すべきである。日本の主要メディアやアメリカ通とされる識者の多くがこの「トランプ次期大統領NATO離脱説」を事実であるかのように伝え始めたのだ。同盟国アメリカの政治の行方は日本の国のあり方をも左右する。その実際の展開にはあくまで客観的かつ複眼的な考察により、現実を正確に掴んでおくことが欠かせないのだ。日本もこの自明な認識をアイオア州での投票の始まりを機に明記しておくべきだろう。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年1月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。